「ああしたらもっとうまくいったかな」。すっかり日が沈んだ田んぼの中の一本道、福岡県のユリコさん=仮名=(36)が自宅に向かって車を走らせる。職場の出来事を思い出してあれこれ考えるが、疲労感に負ける。今日もくたくただ。
3年前から建築会社の契約社員として働いている。週5日フルタイムの営業補助は時給850円。月給は手取り12万円ほどだ。正社員の仕事を探したが見つからず、「正社員登用の可能性あり」の言葉に期待して勤め始めた。でも登用の話はまったく出ない。「目の前にニンジンをぶら下げられてるみたい」
福岡県内の私大を98年に卒業後、金融会社の正社員になった。しばらくして結婚し、子どもを出産した06年に退職。本当は仕事を続けたかったが、「家事がおろそかになる」と反対した夫に従った。しかしその後、考え方がすれちがって離婚。子どもと県内の実家に戻った。
実家は市街地からバスで1時間以上かかる田舎。周囲には小さな事業所しかなく、残業や休日出勤が多くて育児をしながら正社員としては働けなかった。
ハローワークで見つけた今の会社は従業員約10人。ぎりぎりの人員で、正社員が辞めた穴を契約社員のユリコさんらが毎日夜8時すぎまで残業して埋める。日中は伝票作りや電話対応でトイレに立つ余裕もない。
最近は“役人根性”で働いている。最初は仕事の効率的な進め方を考えたが、最近はあえて気持ちを込めない。仕事は正社員と同じなのに会議やイベントでは「契約は来なくていい」と線を引かれ、ミスをすると正社員並みに責任を追及される。「だったら、誰に何を言われようが勤務時間だけここにいればいいんでしょ、と開き直ってる」
本当はそんな働き方は望んではいない。実家を出て子どもと2人で暮らしたい。そのためには家を借りるか買うかしたいが、今の給料では無理だ。金融会社時代の経験を生かし、正社員として女性やシングルマザーに助言する仕事をしたい。だが地方にそんな仕事は少なく、転職活動の時間すらない。ファイナンシャルプランナー1級の資格を目指して、毎朝5時に起きて30分ずつ勉強している。
目の前のことに追われてめいった時、通勤手段を車から自転車に変えてみる。1日のうち唯一季節を感じられる時間。冷たい空気を吸い込むとへこんだ気持ちが少しふくらむ。「せめて人の役に立っていると実感できる仕事がしたい」と願う。
◇
辺り一面が雪に覆われた東北地方の観光ホテル。サキさん=仮名=(31)は04年にフロント係として入社した。当直が多く、通勤も不便、女性の昇進もない。だから「結婚して辞める」と決めている。
地元企業を中心に就職活動をして、ホテルの内定をもらった。都会は怖かったし、友だちや彼氏も地元に残る。外に出る理由がなかった。
仕事に慣れ、29歳で部長と係長に次ぐ「主任」に昇格した。給料も初めて上がり、役職手当もついて手取りは月14万円になった。でも、この先ずっと続けるつもりはない。繁忙期は週3回も当直が入る。通勤で使う会社の送迎バスは1日5往復しかなく、自由がきかない。拘束時間が長すぎて、30歳を超えてから疲れが取れなくなった。
女性の定着率は低い。会社は毎年女性社員を採用するが、みんなものすごい勢いで辞めていく。既婚者はゼロだ。それが現実。「女性が活躍できるのは若くて独身の間だけ」という空気が職場を覆っている。
最近、若い新人女性が入ってこなくなり、代わりに中途採用の40代独身女性が増えた。「この年になれば転職が難しいから、後がなくて辞めないだろうという会社の思惑かな」と思っている。
地元の正社員の有効求人倍率は0.3倍程度だ。介護や医療系の資格でもないとぜいたくは言えない。「ここじゃ仕事がない」と仙台に行った友だちは、派遣や契約社員を転々としている。「そういう働き方も認めるけど、私は正社員で安定している方が安心。今の仕事や職場が嫌になったことはないし」。求人誌を見たことはあるが、若者が好みそうな飲食店がほとんどだった。
でも、母親のような存在の先輩社員からは「早く結婚して幸せになった方がいいわよ。これ以上ここにいてアップすることはないんだから」と言われている。社内で係長以上の女性はいない。たぶん主任が最高位。先輩社員も古株だが無役。幹部会議に出られるのは男性ばかり。自分のポジションは今後も変わらないだろう。
学生時代から付き合っている彼との結婚が現実味を帯びてきた。「結婚が第1のゴール。妻になって母親になるのが人生の流れかと。体への負担を考えると34歳までには子どもを産みたい」。そんな気持ちを会社も察し、決していじわるでなく「寿退社」の道を作ろうとしてくれている。
辞めたら家事や夫の世話をちゃんとしたい。働くとしてもパート。結婚退職した元同僚は公立施設の事務員に再就職して給料が上がったが、そんなのはまれ。地元の最低賃金が時給650円台だから、今の年収を上回ることはないだろう。それでも結婚したい。気の合う女友だちと飲むと話題はそればかり。結婚しないと未来はないと思う。【山寺香、鈴木敦子】
=つづく
◇雇用依然厳しく
不況や製造業の海外移転、リーマン・ショック(08年)の影響などで地方の雇用はずっと低迷している。例えば、青森県の有効求人倍率は0.60倍(12年10月)で全国平均の0.80倍を下回り、全国でも下から4番目に低い。09年7月の0.27倍からは回復傾向にあり、常用求人数も前の年の同じ月と比べて13%増えてはいるが、「(倍率が)1倍を切っているので仕事を選べない状態は続いている」(青森県労政・能力開発課)という。賃金水準も全国を100とすると80程度だ。男女問わず選択肢は都市部よりもはるかに少ない。
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