私は12歳のときに線維筋痛症という病気になりました。

今年で7年目になります。

最後の10代に自分の病気について書いてみようと思い始めてみました。

線維筋痛症はとても辛い病気です。 

7年経っても、それは何も変わりません。

それでも、病気で辛いだけの人生は嫌なので

工夫して少しでも楽しく過ごせるようたまに奮闘中です (笑)

 

私は、12歳のときに発症しました。冬休みが終わった次の日のことです。

その日は朝から頭痛があったのですが、そのまま学校へ行きました。

授業中や休み時間でも痛みや違和感などはずっとあったものの保健室には行きませんでした。その日は無事に学校を終えることが出来て家に帰ったのですが、時期的に

 中学校の制服を作りに行かなくてはならず、親とお友達と作りに行きました。

そのときは、家で休みたくて嫌々でしたが、母が言うには、制服を着ている間は元気よくはしゃいでいたそうです。

制服を作り終えて家に帰り、そのまま私は疲れて寝てしまいました。

その次の日から突然の全身の痛み、脱力感、熱っぽさなどの病状が出て歩けなくなりました。例えるなら、インフルエンザにかかったときのようです。今でも覚えています。でも、熱は測っても平熱。近くの病院にも行きましたが、原因不明と言われ、頭痛に効く漢方を出してもらい血液検査をして家に帰りました。

処方された漢方を飲んでも、頭痛と全身の痛みがとれずに一日中、病んで泣いていました。血液検査の結果が出るまでの2週間はその状態が続き、 トイレに行くときだけほふく前進で移動する。ほぼ寝たきりの生活をしていました。

それなのに、検査結果を聞いても異常はなく、その話をしても心の病ではないかと、こころの窓口を紹介されました。こころの窓口にも行ってはみたのですが、

何を話したらいいか分からず、カウンセラーに悩みはとにかく痛みをとって欲しいと言うと、身体の痛みは解決出来ないと言われてしまいました。

母もどうしていいか分からず、私を整形外科、耳鼻科に連れていったり、MRI、CTなどの検査もやってもらえるようにお願いしたりしていました。

ですが、全て異常なし。どこの科に行っても原因不明。

いろんな頭痛薬を処方されては治らない。

そんな不安と恐怖の生活を3ヶ月続けました。

3ヶ月後の通院日にとても風が強い日があり、その風が身体に当たるたびに激痛が

走り、泣きわめいていました。

病院の中でも泣いていた私に、医師は困った顔をし、偏頭痛の薬を処方してくれました。その薬を家で飲んでから、痛みがさらに強くなり部屋で七転八倒をしていましたその姿を見て怖くなった母が、処方した病院の先生に電話をするとどうすることも出来ないと言われてしまい、とにかく薬の効きがなくなるのをひたすら待っていました

次の日の朝早くに母は私を連れて、大学病院に紹介状もなしに駆け込んで行きました今までの検査結果の紙と事情を看護士さんに話すと、看護士さんはすぐに小児科の先生に連絡をつけてくれたのです。

今でも、その看護士さんに感謝しています!本当に本当に命の恩人です😭

そこで、診察してもらい初めて線維筋痛症と病名を付けてもらいました。

生まれて初めて線維筋痛症という病気があることを親子で知りました。

その先生が話してくれたのは普通の痛み止めでは効かないこと。

一般検査ではほぼ異常が出ないこと。あとは、帯状発疹になったことのある親から

線維筋痛症になる子供が多いそうです。

この日から線維筋痛症と私との共同生活が正式に始まりました。

 

病気になることは悲しいことです。

ですが、病名が分からず不安と恐怖の毎日を過ごすよりは病名があることは

幸せなことだと私は感じました。そして病気から学ぶこともたくさんあります。。

活発でスポーツが大好きで学校もほとんど休んだことない、

本当に病気とは無縁だと思っていた私でも突然、病気になること。

当たり前やふつうに感謝すること

健康に感謝すること

周りの人達に感謝すること

地球上には、まだまだ聞いたことのない病気や原因不明の病気がたくさんあること

これからも病気から学べることはたくさんあると思うので、悲観的に考えず、病気と仲良く暮らして行けたらいいなと感じています。

長々とすみません。ありがとうございました。