私の法名はお二人の
兄弟師僧より授かりました。
仏門で法名を師から弟子へ授ける際、
血脈を守る観点から一字が入ります。
まるで母のような師からは前一字を
まさに父のような師からは後一字を
得度前で右も左も分からない更の状態でした
法名には生涯意味を見出して生きて行きたい
との拘りがありましたので自ら懇願しました。
承諾して頂いた法名を辿れば
畏れ多くも師僧達の師の法名であったと
由来などをそのとき改めて聞かされました。
師は、少し困惑しながらも
晴れ晴れした表情で
亡くなってるからいいわ(^^)と
苦笑されておりました(^◇^;)
昨日の出来事かの如く命日が近づくと
あの晴れた日にサラッと師がされた
大胆な会話を懐かしく思い返します。
16日に遷化された
母の如くの師からは渾身が蓄積した法具で
18日に遷化された
父の如くの師からは霊力の法衣を身に纏い
頂いた法名を汚す事が無きよう
師達の最後の弟子である私なりの筋を通すため
17日の間日は特別な日と位置付け
師達の形見を用いた法要をしております。
私の両親は健在ですが、
因果なもので
母の誕生日に師が亡くなり、
父の誕生日は師の命日です。
両親は車が趣味で
昔から全ての番号が16-18です^^;
重ねると霧がありませんが
街中で16-18のナンバーに遭遇すると
やはり誕生と死についてが連想され、
両親と師達に生かされている今を
身近で常に感じ戒められております。
生誕の一説によれば、
人がこの世に生まれる奇跡の確率は
無数のパーツで構成されている腕時計を
バラバラに分解して流れるプールへと
ばら撒き、一周したら偶然が重なり
元通りになって稼働していた
ぐらいあり得ない確率らしいとの
神秘の物語の例え話しを耳にしました。
二周目のやり直しはありません。
現存しているのも既に奇跡ですので
活路は悩みとセットで準備されており
自分に納得できる時間に辿り着けるよう
タイミングよく設定されています。
素敵な言霊で語りかけると
備わった霊性は向上されます。
気づくと走馬灯のように時は流れてます。
どうせ現世で時を刻むなら思いが込もった
本音を楽しむ人生で持ち越したいものです。
本日は師の命日で観世音菩薩様のご縁日です。
🙏合掌🙏