まず、1「だまれ、下賤の者。」、2「めくらめっぽう」について
1,2については「変更(省略)は正しい」という意見と「正しくない」という意見の両方があるだろうと思います。しかし私の関心は別です。私の問題意識は「教科書編集者は授業者に原文からの変更を知らせるべきではないか」というものなのです。つまり、変更の是非を考える権利を編集者が独占するのは適切ではない、ということです。
実習生を担当すると、事前の打ち合わせで教材を決めた後私はこう言うことにしています。
「ほかの指導教官は言わないと思うが、教科書の原文を(妥当と思われる)原文(大学や公共の図書館にある全集でよいと思う)と照らし合わせてほしい。私が担当になったので運が悪いとあきらめてやってほしい。」
「仮名や漢字については無視して、それ以外の変更がないかチェックしてほしい。」
「全集との違いを授業に反映するかしないかは授業者(あなた)の自由です。でも『ここは原文とは違う』と知ったうえで授業をしてほしい。」と。
私が以前使っていた指導書には「教育的配慮から変更している箇所がある」というようなことが書いてありました。変更箇所も理由も書いてありませんでした。指導書の筆者は「授業者は変更について判断する能力も必要もない。」と考えているのかもしれません。「授業者は信頼されていないのだろうか?」と心配になります。
中学生にとって、書店でも公共の図書館でも学校の図書室でさえ「走れメロス」を読むのは容易です。教科書のような変更をしてある本はそこにはほとんどありません。(私はほとんど見つけられませんでした。)生徒が昼休みに図書室で手に取った本をぱらぱらとめくり、「あれっ?」と気づく。明日あっても全然おかしくないでしょう?
そういう場合に生徒が授業者に質問に来ることも十分考えられます。「知らなかった」ではちょっと辛いというか、かっこ悪いというか。教えるものとして責任ある態度とは言いにくいですよね。やはり、授業者は知っておくべきです。
また、(これは私の意見ですが)保護者にも知る権利があり、生徒本人は(生徒こそ)教育を受ける権利主体として「変更がある」のは当然知っておく権利があります。
まあ、そこまでいくと、やり方も難しいし異論も多いかと思いますので、取り敢えず「変更は指導書に明記すべし。」とお願いしたいと思っている日々です。
長くなってしまいましたが、実は私は3の方に思い入れがあるので、次回もお読みいただければ幸いです。