続き‥


また財政面からみても、現在逼迫している地方財政では、地方に権限を委譲しても、国から地方に財源委譲していなければ、結果的にガソリンのない車をもらったのと同じように、地方行政が機能不全に陥るのは目に見えることだろう。

このような観点からも、国は、貯蓄にまわる可能性のある子供手当等の根本解決にならない政策に力をいれるのではなく、根本解決に繋がる政策に力を入れるべきである。

次にチェック体制の在り方を考えると、地方自治体に権限や財源委譲が可能になり、地方の実情に応じた設置が可能になったとしても、やはり「切り下げ」は実際的に、子供の視点にたてば、不利益を被るのは確かで、許容されるべき問題ではない。

こうした中で、地方行政と国政の間にはチェック機関としての第三者機関が必要になってくるのではないか。ここでは、現場感覚が必要となってくる。実際、問題に直面しているのは、地方自治体の人々であり、幼児の保護者である。彼らの意見を汲み、反映される第三者機関、またはシステムを構築することが、待機児童のような問題に根本から解決されるのではないかと思う。

地方分権が進められている中、介護保育において、国が関与(条例に委任し、従うべき基準、参酌すべき基準)がどの程度なされるべきか難しいバランスの問題であろう。
民主党は2009年、第3次勧告において、義務付け・枠付けの見直しを図った。
これは、国が全国一律に決定し、地方自治体に義務付けていた基準、施策等を、地方自治体自ら決定し、実施するように改める改革であり、これによって各地域の実情に合った最適なサービスが提供され、最善の施策が講じられるよう、国と地方自治体の役割分担を見直すものである。

これを前提として、国と地方自治体は、地方分権推進してやっていく上で、本質的な問題となってくるのは、地方財政の建て直し、現場感覚を要したバランス、チェック体制などをどう考えるかである。

今回、主に待機児童の問題、それに伴う、設置基準を決める権限を自治体に委ねることによる「切り上げ」「切り下げ」の問題、また、それに伴う諸問題が論じられている。

基本的に、専門家の意見は、地方分権の観点から、自治体に条例委任し、厚労省が参考となる指標を示すという参酌すべき基準というのが望ましいとしている。しかし、これは地方財源が充足していりという前提があっての話である。また、地方側は、保育所の一人あたりの面積基準が、従うべき基準となっており、このため補助金がおりず、地域の実情に応じた設置を妨げていると紛糾している。しかし、この最低基準は国際的には低く、子供の成長・発達の観点から「切り上げ」の必要性がある。「切り下げ」という選択は、待機児童が減るという数的、客観面からみると改善しているかのようにみえるが、実質的・実際的には改善する問題ではない。

待機児童の解決策として、認可保育所、認定子供園、企業のその設置に向けた取り組み、20年間期間限定認可保育所などがある。来年には保育士の資格を持つ人が子供を預かる「保育ママ」制度が拡充され、待機児童の減少が期待できそうではある。

民主党は政権獲得をする前は、待機児童対策については、小・中学校の統廃合により使用をやめた学校施設等を利用した民間保育所の増設をマニフェストとして掲げていた。また、子供男女共同参画調査会「保育サービスについての考え方」は「保育は質の確保が大前提で、安易な規制緩和によって子供に不利益を与えてはならない」としている。これが政府の方針であった。

しかし、政権獲得後、地方分権改革の一貫として、最低基準の緩和を進めようとすることは政権公約違反である。そして、東京などの都市部に限って時限的に緩和する方針も、同じだ言えよう。

続く‥
僕はこれから、今勉強している政治、主に行政学について少しずつでも、このブログに載せていけたらなと思う

小さい決意表明、
不定期にでも更新していこうかな
近いうちに前に勉強した
待機児童の問題 について書いていきたい。

ところどころ文章変になると思うけど悪しからず