どーもー
久方ぶりです✨雪ん子です

皆さんお元気でらっしゃいましたか??
私も相変わらず多忙にさせて頂き、走り回る毎日です
さてさて。。。まあまあ、人間生きていると色々なことが有りますが、人の物差しや感じ方って、人それぞれで、何が悪いとか正しいとか言い切れない部分って沢山ありますよね
ここに書きたいけど書けないこと、たくさんありました
お仕事のこと、民謡のこと、対人関係のこと、子育てのこと。。。
自分一人なら自分の思い通りの答えにする事は出来ますが、相手や組織があると、自分の意とは反した結果に導かれる事って、ありますよね
運よく共感し合えたまま行ければいいのですが、多少なりとも理不尽だなぁ。。。って、思う事によくぶつかります
その時にいつも変わらないよね
モチベーションやテンションが切れないね
なんて言われる私でも、イヤイヤイヤイヤ、やせ我慢ですから、凹む事があります
憤りを感じたり、悲しくなったり、空虚になったり、迷いの中に突入する事くらいあります
今でこそ、レジリエンスなんて言葉も流行っていますが、困難を乗り切る事って本当にしんどくて、エネルギーが要ります
自分の中に多少の哲学がないと対面した事に寛容になんてなれません
基本私は、偉人や有名人の格言等は共感はするけど受け売りはしたくないんです
机上の事じゃなく、やっぱり経験に勝るものがないと思うのです
所詮人間は自分が経験していない痛みなんて知り得ない、利己的な生き物です
でも、そういう時代の偉人たちの言葉の中に、気づきになる言葉や、そうそう、こういう事が伝えたかったって思う表現などがあったりすると、変に納得することがある
人間、迷いの中にあると、データや論理で目に見えるものに表現されると、安心する事がありますよね
すごく遡るのですが、3月に昨年度江差追分全国大会優勝者翔田ひかりさんの祝賀会にお邪魔しまして、せっかく関西に行くのだからと、医師である私の叔父を祝賀会の翌日にデートに誘ってみました
いつもは講演活動などで全国を飛び回る叔父ですが、たまたまタイミングよく、大阪で講演があるというので隙間の時間でお茶をしました
その時に叔父から興味深いお話を聞きました
ここに話す事に賛否ある事とは思いますが、こういう理論があるという事を私が知った、気づきに記させて頂きます
るみちゃんマズローの欲求段階説って知っていますか?
という叔父の質問にあんぐり。。。
???
知りません
以下ウィキペディアより引用
マズローの欲求段階説
人間の基本的欲求を低次から述べると、以下の通りである。
- 生理的欲求 (Physiological needs)
- 安全の欲求 (Safety needs)
- 所属と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging)
- 承認(尊重)の欲求 (Esteem)
- 自己実現の欲求 (Self-actualization)
詳細は↓
ざっくりと以下抜粋しましたが、カッコ内は叔父がわかりやすく咀嚼してくれた表現です
2は安全性・経済的安定性・良い健康状態の維持・良い暮らしの水準、事故防止、保障の強固さなど、予測可能で秩序だった状態を得ようとする欲求。(安全であること、安定していることの欲求)
情緒的な人間関係・他者に受け入れられている、どこかに所属しているという感覚。(誰かの妻であること、会社の一員であること、コミュニティーの一員であることなど、所属の欲求)
尊重のレベルには二つある。低いレベルの尊重欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得ることによって満たすことができる。マズローは、この低い尊重のレベルにとどまり続けることは危険だとしている。
高いレベルの尊重欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされ、他人からの評価よりも、自分自身の評価が重視される。(組織、社会から認められ、尊重される事の欲求。→自己信頼感自律性)
5は自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求。すべての行動の動機が、この欲求に帰結されるようになる。(自分自身に対しハードルを設けてチャレンジしクリアしていく欲求)他力じゃなく、他人にどう思われようが自分自身に問題提起して挑戦していくのが自己実現の欲求
5つの欲求が満たされている人は下記のような特徴なのだとか↓
- 現実をより有効に知覚し、より快適な関係を保つ
- 自己、他者、自然に対する受容
- 自発性、単純さ、自然さ
- 課題中心的
- プライバシーの欲求からの超越
- 文化と環境からの独立、能動的人間、自律性
- 認識が絶えず新鮮である
- 至高なものに触れる神秘的体験がある
- 共同社会感情
- 対人関係において心が広くて深い
- 民主主義的な性格構造
- 手段と目的、善悪の判断の区別
- 哲学的で悪意のないユーモアセンス
- 創造性
- 文化に組み込まれることに対する抵抗、文化の超越
自分としてはせめて、4の後半を越えていきたいと思うセオリー
もし、この理論に当てあめるとするなら、人が一番苦しむのは4の境目なんだろうと思う
実は私だってそう
お世話になった義理は欠きたくないけれど、思想の違いが見えて卒業する時が来たから自分の足で歩きたいな、とか、この人のこの部分が認められないからジレンマだなって思うところが4の境目のところなのです。。。
有名になる事、話題の中心である事が目標になるという事自体が自己顕示欲、虚栄心の塊なような気がする
その気持ちが強いと、妬む恨む僻むの恥ずかしい三拍子が生まれる
人はそこから一皮剥けなきゃならない
ある程度の立場に身をおいて、そこそこ人に役目を与えられる立場になったなら尚のこと、妬む 恨む 僻むの心は、褒める 讃える 憧れるの気持ちにスイッチするべきだと私は思う
そういう気持ちがなくなったところで、君臨しようとしたところで、人間は終わり
自分の才能や自分の技術を磨いて新たに自分の内に向かう事が大切
自分を磨いてもなお自分に面白くないなという感情を持たれたならもう、卒業する時が来たんだなと思う事にして、その柵にはしがみつかないで行きたい
今の時代
少なくとも我が家のサッカー小僧たちでさえ、友達を、仲間を、家族を売ったりするような事は絶対にしない
それだけは言えるし、それだけは自慢です
仲間をかばえない事助けない事が恥ずかしい事なんだって事、子供達には教えていかなければならない
昨今の悲しい事件を見ていると心からそう思います
仲間をかばう、助けるということはとても勇気が要ります
でも、それこそが和を保っていける一つの方法です
やせ我慢で始まったとしても、一方通行でもいいんです
和が保てて初めて、身も心も健やかで居られるんです
悲しいかな大の大人ですら、話を屈折させて人に伝えたり、他人を蹴落としたり、焚き付けたりする人がいる
仲間を売る
子供にそんな姿を見せ続けていれば子供だって卑怯な子に育つし真似します
周りに注意を向けるくらいなら自分の内を磨いて
自分自身を越える為にチャレンジし続けろ
頑張れよ、自分って、いつも思ってます
幸い、私の周りの大切な人達は、自己実現の欲求を追求している人達ばかり
そうじゃない人は私の前から姿を消しています
それでいいし、こっちから願い下げ
私は新陳代謝します

マズロー欲求段階説は、私の頭を整理してくれました
叔父ちゃん、教えてくれてありがとう✨
自己実現の欲求の最中に自分は有るけど、何が実現すると自己実現なのか分からずに彷徨い続けます
それでいい、それがいいんだっていう、答えが出ました