他愛ない会話に華が咲くはずもなく、何が悲しくて野郎だけで学校の校門をくぐらなければならないのか。
 学校、というより学園と呼ぶ方が正しい。
 施設もそこらの学業施設に比べれば充分に整っている国立学園。

「毎回思うんだがなロイ。一人暮らしするなら寮の方が良いよな」
「……お前に限り答えはノーだ」
「理由は」
「集団行動に向いていない」
「指摘ありがとよ。大正解だ」
 正面玄関から直進、下駄箱で靴を履き替える。
 マスターと挨拶を交わす生徒の数は多くない。
 階段を登り、教室へ向かう。

「…………」
「どうしたマスター」
「窓枠の汚れがひでぇな」
「そうだな」
「……」
「……」
 会話終了。

 教室のドアを開ける。閉めた。
 二人は一歩踏み入れた教室で止まる。

 窓際の席で朝から生真面目に予習している生徒が一際目を引く。
 長く伸びた翡翠の髪を結い上げているが、それでも腰まで届いていた。中性的な顔立ちは女性であるかのように見間違える。
 着ている制服はマスター達同様、男子生徒の物だがそれが逆に不自然に思えるような青年。
 気付いたのか、眉を寄せた。

「……何してるんだ、お前等」
 廊下を走る足音が近づいてくる。教室のドアが勢いよく開かれ、マスターとロイは同時に身体を回転させた。

「へぇーい皆の衆おはようござ──ぶるぁぁぁぁ!!」
 歯車が噛み合うように重なった二人の蹴りが不法侵略者を撃退。
 ドアを閉めた。

「うぃーっす、ロン」
「朝からご苦労な事だ……」
「……何というか、今のお前等二人の行動にツッコミたいんだが」
「なんかあったかロイ」
「いや別に」
「疑問すら持たないのか!」
 好青年ではあるが、不幸な事に周りの人間がこれでもかというレベルで問題児が揃っている。

「スロウドが何をした……」
「呼吸した」
「生命活動継続」
「いっそあいつは死んだ方が幸せなんじゃないかと思い始めたんだが」
「「賛成」」
「即座に行動に移すな!」
 朝からロンのツッコミは絶好調である。こんな生活がほぼ毎日続いてるが、慣れとは怖い。既に日常と化していた。

「スロウド、大丈夫か?」
「何故か既に満身創痍だけど俺は生きてるぜよ」
「まぁ……今日一日頑張れ」
「ロンもツッコミ頑張ってくりゃれ」
「それ以前に騒ぐな!」
「ですよぬ!」
 朝のホームルーム開始まで雑談を交わす。何のことはない、昨日観たテレビの話や発売したゲームの話題で盛り上がっている。

「…………」
 マスターはそのどれにも交ざらない。クラスメイト達の話をBGMにして外を見ていた。時々ロイと協力して喧しいスロウドを蹴り飛ばしながら。

「……スロウド、大丈夫か」
「首大丈夫だよね俺」
 顔を洗い、眠気を飛ばす。
 朝食を適当に作り、ついでに弁当箱に詰め込む。
 制服に着替えて一通り戸締まりを確認、入り込む命知らずはいないだろうが念のためだ。

 学園への道程の途中、マスターは坂道を見上げる。階段と手すりを挟んだ高級住宅街へ続く道。まるで貧富の差を表すような格差、それに対して不満を洩らす人間はあんまりいない。マスターも同様だ。
 視線を外して歩き始めようとして立ち止まる。車輪の回る音、チェーンの駆動音に再び見上げた。

 飛び出して来たのは見慣れた友人。どういうワケか坂道を下ってきた挙げ句階段を飛び越えて──マスター目がけて落ちてくる。
 跳ねた金髪にオレンジ色のショルダーバッグを背負い、愛車のダウンヒルバイクのハンドルをしっかり握った友人──スロウドは笑いながら挨拶をしてきた。

「グッドモーニン、マスター!」
 挨拶を返す。

 脚を振り上げてハイキック、そのままバイクごとスロウドを地面に吹っ飛ばして出来る限り爽やかに。

「バッドモーニング、スロウド」
 車輪の空回りする音が空しい。
 朝の挨拶をスロウドと済ませたのでその足で学園へ向かう。隣に並ぶ相手はピンピンしていた。あの程度でそう簡単にくたばりはしない生命力は賞賛しよう。

「金髪のGだな」
「なにが?」
「お前が。別名台所の悪魔」
「褒めてなくね!?」
「いや? 俺なりに褒め称えてるぜ?」
「嫌味にしか聞こえねぇです」
「嫌味含めてだ。ちなみに9:1の割合な」
「嫌味九割っしょ」
「当然だ」
「ヒデェ!」
 スロウドとは学園に通うようになってからの付き合いだが、初対面からこんな関係だ。しかも本人は特に気にした風でもないので遠慮なく吹っ飛ばしてる。第一人者を参考にして。

「ロイはどうした」
「知るわきゃねーでしょ」
「役立たずが、死ね」
「朝から俺の精神削ってなにが目的ですかマスター」
「そうだな、生きる気力をなくして自殺にでも……」
「冗談でも最近そういう事件多いから勘弁してくりゃれ!」
「くたばるような奴じゃねぇだろお前」
「もちろん。俺は可愛いおにゃのこがいれば地獄からでも帰ってくるぜよ」
「二度とくんな」
 二度と言わず何度でも来て欲しくない。
 そんな話をしていると会話に出てきた友人を見つけた。相変わらず陰気臭い顔をして黙々と本を読みながら歩いている。
 その肩を叩く。

「よ、ロイ」
「……なんだマスターか」
「はよーっす」
「幻聴か。耳が痛い」
「あーそりゃいけねぇ。塞いどけ」
 ごきゃり。
 おおよそ鳴らしちゃいけない音を発するスロウドの肉体が崩れ落ちた。

「虫がいた」
「そうか、んじゃ行くか」
「ああ」
 首が変な方向に曲がって倒れているのが見えるが気のせいだろう。ロイは気にした様子はない。マスターも同じく。

「なに読んでんだ?」
「推理小説だ。……物語の進行より先に犯人が分かるとつまらんな、これ」
「勘が良すぎる代償だな」
 ちなみにオチは主人公を除いた列車の乗客全員が犯人。