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この10日間ほど


記憶がないくらいバタバタしてます。
今日は定時で上がって、写真展お疲れさま旅行で伊豆にいきます!

この数週間で沢山の思い出ができました。
落ち着いたら、また改めてご連絡します。

iPhoneからの投稿

Twitter

ツイッターやってる? ブログネタ:ツイッターやってる? 参加中

やってます☆
少し前からアカウントを持っていたのですが、最近ようやく使い始めました。

結構楽しいです( ´艸`)

仕事でも、昨年半ばくらいからツイッター、ツイッターと、まるで魔法のツールのように
その名前を聞くようになりました。

「ツイッターを使ったプロモーションを」
「ツイッターで口コミを」
「ツイッターで何か新しいことを」

などなど。

でも、実際使い始めて思うのは、言うほどの万能ツールではなさそうだな。と。
プロモーションツールとしても、大したことなさそう。
何と言うか、ツイッターって新しいもののように見えて、本質的には今までのものと
何一つ違わないんだよね。

多少手軽に効率よく情報発信、収集ができるツールなだけで、
別にそれで発信する人間の中味まで革命的に変わるものではないというか。
当たり前だけどね。

ということで、もう少ししたら大きく2つの使われ方に精査されるだろうな。

一つはオピニオンリーダーの情報発信及び、一般ユーザーの情報収集ツールとして。
もう一つは知り合いとつながるためのツール、すなわち今のSNS的な役割のツールとして。

前者にのみ人が集まり、後者はごくごく内輪にだけ機能する。
そして前者も情報を発信しなくなれば、それはそこまで。

前者も後者も、情報発信がどこまで習慣化できるのか。

もうひとつの側面として、前者と一般ユーザーをつなぐコミュニケーションツールとしても
使えるけど、情報発信力と同じく、一個人の情報力、コミュニケーションに割ける時間には
限界があると思うんだよねー。

だから今巷でもてはやされているほど、これから先、大きくなるものでも
ましてや万能ツールでもないと思うのよ。

BBSが、チャットが、テキストサイトが、日記が、ブログが、SNSが
かつては表舞台に立ち、それぞれの役割を持ち、そのいくつかが消えていったように。

やっぱり基本は「人」だからね。

愛を読むひと

・・・ 新☆東京ライフ ・・・


愛を読むひと


監督: スティーヴン・ダルドリー
出演: ケイト・ウィンスレット、レイフ・ファインズ、デヴィッド・クロス
製作年度: 2008年


21歳年上の女性ハンナと恋に落ちた15歳の青年マイケル。
ハンナにせがまれ、彼はベットの上で本を朗読する。彼らの幸せな日々はハンナが

突然姿を消すことで突然終わり、その8年後、彼は戦争犯罪者として裁かれる

ハンナと法廷の席で再会する・・・。というお話。


ひと夏の燃え上がるような恋愛と、その後彼の人生を大きく変えてしまった出来事。
「無償の愛」が大きく取り上げられていましたが、表面のやり取り以上の深い、

悲しい愛情を感じた作品でした。


以下少しネタばれですが・・・。


強すぎる正義感と、高いプライド。
それに反して彼女の人生における思考範囲はあまりにも狭く、また浅かった。


そういう人は現代社会にもたまに見かけるけど、あの時代、あの仕事についた彼女は

その性格がゆえ、大きな罪を犯してしまいました。


性格なのか、能力の限界なのか。


罪を悔いることができるのは、その罪の重さを理解できる人だけなんじゃないか。


裁判の様子を見ていて、彼女は本当に自分のしたことを理解できてなく、

というか理解できてないことすらできていなく、恐らく彼だけが「理解できない彼女」を

知ってるんじゃないかな。と思いました。


そんな彼女に罪を理解させるために彼が取った行動。
それが「読む」ということだったんじゃないかな。


表面的には「昔彼女の好きだった朗読を続けること」という行為に見えるけど、彼はそれを通して、

彼女にちゃんと自分で何かを解決する力をつけて欲しかったんじゃないかな。と。

自分のやった罪を理解して欲しかったんじゃないかな。と思った。


迎えたエンディングは、彼女自身が彼の気持ちを理解できたからこその、

ある意味納得のいく終わり方だった気もする。


あくまでも私の解釈ですけどね。
久しぶりに何とも言えない気持ちになった作品でした。