『夫の浮気・不倫から、本来の輝く自分に出会うまでの6年間の日記』 

『夫の浮気・不倫から、本来の輝く自分に出会うまでの6年間の日記』 

パートナーシップカウンセラーの山下りらです。 浮気や不倫で人生のどん底、絶望を経験した者でだからこそわかる、人生の光とギフトをあなたに届けられれば嬉しいです。
あなたの笑顔と穏やかに輝く道を信頼して。

Amebaでブログを始めよう!

夜22時ぐらいになった。

 

そろそろ夫が帰宅していると思い、再度、彼のマンションに行った。

 


玄関を開けると、彼は、当たり前だけど、突然の私の訪問にびっくりして、玄関を慌てて力づくで閉めた。

 

内鍵がかかったままだったので、3センチぐらいは開いたけど、それ以上開かないわけだから、その隙間からの会話になった・・・。


 

「なんで内鍵かけてんの?ちゃんと話したいから、中に入れて」


 

「いやだ!!なんで突然連絡もなしに来るんだよ!びっくりするだろ!」

 


「なんで来ちゃダメなの。相手の女性がいるの? いてもいいから、

ちゃんと入れてよ。ちゃんと話したい。」


 

「いやだ、帰れよ!女性とかいねーよ!突然来るなよ!こんな事するなよ!」

  


「こんなことって何? マンションの他の部屋の人にも聞こえるから、ちゃんと入れてよ。

もういろんな事隠さないでよ!」


 

「いる訳ねーだろ!かえれ!警察呼ぶぞ!」

 


「何、馬鹿なこと言ってるのよ。

呼ぶなら呼べばいいよ。

もう電車ないし、真っ暗だし、外にいくの怖いよ、危ないと思わないの?!」

 

 

「帰れよ!今は、会いたいくないし、何も話したくなんだよ!

ほっといてくれ!くんじゃねーよ!

駅のどこかビジネスホテル探せばあるから、

そこに泊まればいいだろう!」

 

 

と、なんと4時間以上も・・・・。

 

 

途中で、隣の部屋の優しい男性の人が、

私達のこの迷惑ざんまいのやりとりに耐えきれず(汗:すいませんでした)

 


何度も外に出てきて、

 


「大丈夫ですか?寒くないですか?

大変だと思うので、良ければうちで旦那さん出てくるの待ちますか?」

 

と!!なんと、5回ぐらいも出てきてくれた。

(本当にいい方でした。

ご迷惑かけました。本当ごめんなさい💦)

 

 

 

部屋のベッドで寝転んでいるようで、

テレビを大きくつけて、

 

私に今までにない罵声を浴びせる夫。


初めてみる夫に、私は心底辛かった。

 

 


男性が本気で怒りを爆発させる、

突然凶変したその時の顔つきと言葉に、

 

夫は、今や知らない男性となった・・・


その人に、恐怖で凍りついた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

あとで、いろんな心理を勉強し続けてみて、


浮気発覚直後や、それに本気の離婚となってくると、

妻に酷い暴言を吐く事が多いという事、

その深層心理もわかった。



 

 

あれから6年立って思う。

 

勉強や学んだ事、

人から聞いた話などは、

実際自分が経験しないと本当はわからないと思う。




自分も知らない自分がいる事。


自分の心や癖、感覚がある。

 


本当に経験した人でしか、この感覚、気持ちはわからないだろうなぁ‥。


しかも、経験も人それぞれの現実があるから。





 

 彼が激高し酷い言葉を言えば言うほど、



 

いつもの私のパワーは出なくて言葉は冷静で、


心は暗く静かになっていった。

 


この時は、買い言葉に売り言葉が沈黙していた。

 

 


そして、なぜ、私はこの人の側にい続けるのか?


 

彼を助けたいと思っているのか?


 

私が助けれられたいのか?・・・・


そして、ふと父が浮かんだ。

 

 

 

私は、静かにゆっくり泣いていたと思う。

 

 

珍しい行動をしている私だった。


 

いつもは夫が私を追いかける事が多かった。


 

私が唯一怒りを爆発させられるのが、夫だった。

 

 

夫も、私も、お互い喧嘩するときは本気で喧嘩してきた。


 

でも、この時の夫は知らない人だった・・・。


 

 

今、私が必死に夫を追いかけている自分が不思議だった。

 


その時は、そうしないといられなかった。


不安と孤独と悲しみ、怒り、


自分の女性の部分の

何かが私を大きく動かしていた。


 

いつもの私ではない、

私がたくさん出ていた。

私も知らない人が、私の中から出てきた。

 

 

あの時、2度目の浮気という言葉が私を捕まえてた。

 


私は、とにかく、現実をちゃんと知りたかった。


2度と同じ人生は繰り返したくなかったのだと思う。

 

 

女性がいるのを私の目で、

ちゃんと見れば、本当の意味で、今度こそ、

 

夫を心から切れる!と思った。



切れたらどれだけ楽だろうと・・。

  

 

怖いけど、自分の目で見ることで、

自分の心の決着をつけたかったのかもしれない。

 

本当のところは、どうだったのだろう。

 

 

 

夜、3時AMになった。



私はずっと玄関外のコンクリートの入り口に座っていた。

お尻が痛くなった、夏だったけど寒くなった。

 

 

夫は、この真っ暗な夜中に、私を放り出せるんだ・・・。

 

 

ひたすら、悲しい気持ちで一杯になり、

私はマンションをでた。

1人、真っ暗な夜中の外を歩いた。


 

 

3年も通っていた夫の単身赴任先だけど、

夜中3時AMのマンションの外は、

東京とは違い想像以上に真っ暗だった。


  


私がずっと一緒にいたこの人は、


一体どんな人だったのだろうと思った。


 

喧嘩しても、離婚するにしても、

他に好きな女性ができたにしても、

 

長年連れ添った私を、女性を、

妻をこの真っ暗な夜中に外に出せるものだろうかと・・・



【この時、そしてこれか数年、私は、ひたすら、


絶望感と被害者意識でいっぱいの私だった。


 この2つをもういらないというぐらい大量に味わった❗️

だからこそ、自分の人生への目覚めと覚醒が起きたし、突然カウンターという道が開かで行ったのだと、深く確信している。】



 




私は気づくと、そんな男性を私は好きになり、

何度も浮気も許してずっと一緒にいたのかと、

情けないと、

また自分を責めていた。


 

 

 

駅につき、駅の周りのビジネスホテルを夜中にあちこち周り、なんとか、泊まれる部屋を見つけられた。

 

 

4時AM.

 

とにかく、お風呂に入りったかった。体を温めたかった。

 

眠ることはもちろんできずに、ボーッとして、朝になった。

 

朝6時ぐらいには、もう駅に行った。

 

 

家族には心配かけたくなかった。

何より弱りきった私を見せたくなかった。恥ずかしかった。

 


 

子供の時から、一生懸命頑張って生きてきた大好きな母に心配かけないように・・、

 

そうやって生きてきたから・・。

 

 

もともと実家は元来明るい元気な、

商売をやっている家系だった。

 

いろいろあっても、明るく物事を対処する家系だったと思う。

 


弱さや、陰陽の陰の部分を分かち合う事は苦手な家庭だった。

 

 

1度目の夫の浮気の時は、

私は、流産後でいろいろ辛かったはずなのに、

私は、誰にも言わなかった。


言っても仕方ない、と思っていたような。


でもあの時と今回は同じ浮気でも

全く違った。



 

 

 

あれから、15年目の2度目の浮気は、

もう頑張れなくて、崩壊して弱さを出す事になり(出来るようになり)

誰かに頼るしか出来なかった

(人に本当の意味で頼る許可が出た)



 

人によっては、2年、20年と頑張る方もいるのが現状。

どうぞどうぞ、

どうか1人で頑張り、

我慢しづつけないで欲しいと思っている。



女性の真の笑顔は、子供達を、男性達を、

本当の幸せにするから。

 

 

 

 

**********************


日曜の早朝、私は妹に電話した。



人生で一番弱い姿で・・弱いおねーちゃんの姿で、妹に電話して全部を話した。

 

 

妹は、こう言った

 

 

「ねーちゃん!そこからすぐ自宅に帰ろ!

そして仕事したほうがいい!

今からまた、旦那のところに行っちゃダメだよ!」


 

・・・・・・・・・・・・え?

 



「ねーちゃんわかってる??

今ね、ねーちゃんがやっている事はヤバイ事だよ!

ここは、もう旦那に対して、電話も、連絡もやめて、さっさと帰って仕事した方がいい!仕事しろ!」

 


・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

 


 

「私、これから、また夫のところに行こうと思っていたのよ、日曜だし‥泣」

 

 

「だから、それが反対に2人をダメにする、

ねーちゃんが不利になるよ」

 


「・・・・え・・・そうなの?泣」


 

「帰ろ!私が、すぐ飛行機乗って、

そっちいくよ。一泊だけだけど」

 

「えええええ!仕事は?!大丈夫?すごい嬉しいけど‥泣」

 

妹の言葉と行動に本当にビックリした。



まさか、東京まで飛行機できてくれるとは、

思ってもいなかったので、

本当に嬉しかった。



**********************

 

私達姉妹は、決して相性が良い訳でもなく、


子供の時は特にダメだった。


 

女性通しの仲良し姉妹という感じではなかった。

 

仲が悪いということではない。


 

どっちかというと自分達の話は特にせず、

大人になり少しづつ近づけるようになり、


両親の心配や、親の旅行や幸せの為によく話し合った。

 


仲がいい姉妹というより、

 

お互い心は信頼できるがベタベタしない

同士って感じだった

(ふふふ、ここもまるで男同士みたい)


 

お互いを大事に思う気持ちや

、価値観は一緒なのに、なんか、

表現とかいろいろ合わない感じがあり、

喧嘩になる事もあったので、

私達はいい距離感でいた。


 


そんな私達も、

離れた場所で家庭を持ち30歳を超え、

お互い大人になってから、少しづつ話ができるようになっていったいた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 



私は、妹のはっきりとしたアドバイスに、

うんわかった・・・と、

 

自宅に帰った。



(うちは、妹が長女見たいな所があった。

この時、私は判断力が落ちていたので、妹の命令みたいな言葉が助かった)

 

 

やっと、夫との事を話せる人ができると、

 

私は妹の来る日を待ちわびた。。。。

 

 

疲れた、寝よう、、寝たい、、でも自宅にいるのが、怖い、、、

 

部屋で発狂して大声で泣き叫ぶ私に

、愛する猫達が怖がり、

部屋中を全速力で走りまわった。

 



泣いている私の顔を、

むーちゃん(流産1ヶ月後ぐらいに、

近くの公園で拾った猫ちゃん)がなめてくれた。

 

 

 


文章に書いているとまるで、

喜劇と悲劇のドラマみたいになる・・。

 

 


実際の現実は、かなりきつかったのに・・と、

第3話を書いてふと思う。

 

 


この日記ブログは、

あれから7年目となり、


まさか私がカウンセラーというお仕事をさせてもらって、感謝の日々にある今の私の為の日記です。

 


2020年の浄化の最大化?なのか、

なんなのか、わからないけど、

突然書きたくなった。

 

 


そう、本当は、もっと早く、

ここを見直したかったのだけど・・できなかった、

 

やりたくなかった。


 

2020年になり、コロナとなり、

 

私の深い部分での更なる浄化と、

もっともっと深い部分の深層心理、

スピリットの部分で、

 

大きな許しの時期がきているのを感じている。

 

 

全ての事を=人=自分、全てを許し、


 

まだ残っていた、小さな重りを、砂袋を、

全て手放し、

私の次の人生という気球・バルーンを

 

軽々と大空に、大宇宙に解き放つ時がまた来た



、来ていると書きながら感じている。



そして、

 

たった1人の普通の女性の私のこの浄化は、



今、多くの人達の新しい人生にも

関わっていると感じている。

 

 

 

 

もう、無理なポジティブ思考や、

頑張って乗り越えて!


人に合わせて我慢して、

周りに迷惑かけないようにと自分を後回しにして、


頑張って=我をはって!という、

 


古い負の感情や思考、心の癖を燃料として燃やし、人生という気球を飛ばしてきた時代は

終わったのだと私は勝手に思っている。



****************************************

 

 

 

2014年夏、私は、東京に戻り、

仕事をやる事にした‥



この後、私は相手の女性と連絡のやり取りをする事になった。