9/15.
今日から日記をつけようと思う。
日々の感情のコントロールのためにその時の思い感情を書き留めておくことにしました。
おととい、昨日と恋人と喧嘩をしました。理由はホントちっちゃく下らない。
「可愛い」とか「好き」とか全然言ってくれない。
言っても言わされてる感があって全然気持ちがこもってないだごちゃごちゃ言ってくる。
じゃあ、それに見合うくらい自分は俺にカッコいいとか好きとかいってるのか?
求める前に自分が与えることから始めりゃいいのに。
そうなりたいならまず、内面、心を磨いてそういわれるような自分になることなんじゃないか。
嫌味、愚痴、不平、不満。こんなことばっかり言ってる人に魅力を感じますか?
笑顔がなくて、言葉にとげがあって、皮肉たっぷりで、
情緒不安定で、いつもきつい、だるい、できない、したくない。私には無理。
そんなことばっかり言う人に魅力感じますか?
絶対感じませんよ。じゃあ簡単じゃない。ただ単に逆をやればいいだけの話でしょ。
愚痴、不満そんなことばっかり口に出さない。
笑顔で表情豊かで、ユニークでいつもニコニコしてる人になったらそりゃ魅力的でしょ。
いいと思ってることあったら、これは一理あるかもな。
そうおもったならまずやってみればいい。
やってみてできない。最初からうまくできる人間なんていませんよ。
それを繰り返し反復して習慣化していくことで初めて自分の物になっていくし、
私はもっとこういう風にしていこうってアレンジができるようになっていくわけで。
最初っから私には無理ってチャレンジもせずに諦めてたってなんもかわりゃしねーよ。
変わる努力をしなくちゃずっと今のまんまだって。
文句ばっか言ってたって人生楽しいものにも素敵なものにも変わりやしないんだから。
それこそ愚痴ばっか言ってるともっと次元の低くて抜け出せないような所まで
落ちてしまうことになっちゃうんじゃない?
まず、文句を言ってる自分の心をみることから始めればいい。
何故そうなるかを考えて文句を言わなくていいように解釈すればいいだけの話だ。
そうやって頭でわかっていても相手がいるとそうはいかないよね。
自分が文句言わなくったってガンガン文句言われるわけだから。
そんな風に言われたらこっちも頭に血が昇ってつい言い返してしまう。
自分からは仕掛けなくったって仕掛けられるわけだから。
事を荒げたくないからといって黙って聞いててもそれじゃ何も解決しない。
だからと言って文句に反論したところで過去のいろんな話を蒸し返し、
話は脱線し違う話で文句を言いだしさらにヒートアップしていく。
しまいにゃ死ぬだのなんだのたまったもんじゃない。悪循環の螺旋だ。
時を得て冷静に話をしても結局またヒートアップしていって
何が話したかったのかが解らないような感じで終わってしまう。
相手の挑発に乗ってしまうのが僕の悪い癖だ。
吹っかけられたらついまともに受け止めてしまう。
これでまた悪循環の螺旋の繰り返し。
歳も同じだし恋人って立場上素直に聞き入れられないんだろう。
信頼のおける第三者の意見があれば一番いいと思うのだけどな。
それでも何とか交際は続いており、休みの日はいつも一緒にいる。
相変わらず「~してくれない。」「なんでしてくれないの。」
この言葉がよく出てくる。この言葉を聞くと自分を否定されているようで頭にきてしまう。
過ぎてしまった後で出てくるこの言葉。ダメ人間っていわれているようで、
人格否定されてるようですごく不愉快な気分になる。
人の事を責めても得るものなんて何もないと思う。
自分のほうが立場が上っていうようなしょうもない優越感か?
人を責めて残るのは何とも言えないやり場のない怒りと後味の悪さだけのような気がする。
そのあと楽しいはずの一日が楽しくない一日に変っていく瞬間だね。
責めるっていう感情は醜くて責任を人に押し付けてる、人のせいにしているように感じる。
文句を言って空気を悪く淀ませてるのは自分なんだな。
「こういうときはこうしてほしい。」「~だから手伝って。」「~してくれると嬉しい。」
たった語尾をちょっと変えるだけで受け取り方が違う。
、「してくれなかった」っていう過ぎたことを責めるのではなく、
こうして今に目を向ければこちらも「そっか。」って納得する事だってできると思うし、
「気づかなくてごめんね。」って反省だってできると思うんだ。
してほしいっていう協力を求める言葉に変えるだけで文句じゃなく改善として素直に受け入れることが
できる気がする。
9/15の思い。
今日から日記をつけようと思う。
日々の感情のコントロールのためにその時の思い感情を書き留めておくことにしました。
おととい、昨日と恋人と喧嘩をしました。理由はホントちっちゃく下らない。
「可愛い」とか「好き」とか全然言ってくれない。
言っても言わされてる感があって全然気持ちがこもってないだごちゃごちゃ言ってくる。
じゃあ、それに見合うくらい自分は俺にカッコいいとか好きとかいってるのか?
求める前に自分が与えることから始めりゃいいのに。
そうなりたいならまず、内面、心を磨いてそういわれるような自分になることなんじゃないか。
嫌味、愚痴、不平、不満。こんなことばっかり言ってる人に魅力を感じますか?
笑顔がなくて、言葉にとげがあって、皮肉たっぷりで、
情緒不安定で、いつもきつい、だるい、できない、したくない。私には無理。
そんなことばっかり言う人に魅力感じますか?
絶対感じませんよ。じゃあ簡単じゃない。ただ単に逆をやればいいだけの話でしょ。
愚痴、不満そんなことばっかり口に出さない。
笑顔で表情豊かで、ユニークでいつもニコニコしてる人になったらそりゃ魅力的でしょ。
いいと思ってることあったら、これは一理あるかもな。
そうおもったならまずやってみればいい。
やってみてできない。最初からうまくできる人間なんていませんよ。
それを繰り返し反復して習慣化していくことで初めて自分の物になっていくし、
私はもっとこういう風にしていこうってアレンジができるようになっていくわけで。
最初っから私には無理ってチャレンジもせずに諦めてたってなんもかわりゃしねーよ。
変わる努力をしなくちゃずっと今のまんまだって。
文句ばっか言ってたって人生楽しいものにも素敵なものにも変わりやしないんだから。
それこそ愚痴ばっか言ってるともっと次元の低くて抜け出せないような所まで
落ちてしまうことになっちゃうんじゃない?
まず、文句を言ってる自分の心をみることから始めればいい。
何故そうなるかを考えて文句を言わなくていいように解釈すればいいだけの話だ。
そうやって頭でわかっていても相手がいるとそうはいかないよね。
自分が文句言わなくったってガンガン文句言われるわけだから。
そんな風に言われたらこっちも頭に血が昇ってつい言い返してしまう。
自分からは仕掛けなくったって仕掛けられるわけだから。
事を荒げたくないからといって黙って聞いててもそれじゃ何も解決しない。
だからと言って文句に反論したところで過去のいろんな話を蒸し返し、
話は脱線し違う話で文句を言いだしさらにヒートアップしていく。
しまいにゃ死ぬだのなんだのたまったもんじゃない。悪循環の螺旋だ。
時を得て冷静に話をしても結局またヒートアップしていって
何が話したかったのかが解らないような感じで終わってしまう。
相手の挑発に乗ってしまうのが僕の悪い癖だ。
吹っかけられたらついまともに受け止めてしまう。
これでまた悪循環の螺旋の繰り返し。
歳も同じだし恋人って立場上素直に聞き入れられないんだろう。
信頼のおける第三者の意見があれば一番いいと思うのだけどな。
それでも何とか交際は続いており、休みの日はいつも一緒にいる。
相変わらず「~してくれない。」「なんでしてくれないの。」
この言葉がよく出てくる。この言葉を聞くと自分を否定されているようで頭にきてしまう。
過ぎてしまった後で出てくるこの言葉。ダメ人間っていわれているようで、
人格否定されてるようですごく不愉快な気分になる。
人の事を責めても得るものなんて何もないと思う。
自分のほうが立場が上っていうようなしょうもない優越感か?
人を責めて残るのは何とも言えないやり場のない怒りと後味の悪さだけのような気がする。
そのあと楽しいはずの一日が楽しくない一日に変っていく瞬間だね。
責めるっていう感情は醜くて責任を人に押し付けてる、人のせいにしているように感じる。
文句を言って空気を悪く淀ませてるのは自分なんだな。
「こういうときはこうしてほしい。」「~だから手伝って。」「~してくれると嬉しい。」
たった語尾をちょっと変えるだけで受け取り方が違う。
、「してくれなかった」っていう過ぎたことを責めるのではなく、
こうして今に目を向ければこちらも「そっか。」って納得する事だってできると思うし、
「気づかなくてごめんね。」って反省だってできると思うんだ。
してほしいっていう協力を求める言葉に変えるだけで文句じゃなく改善として素直に受け入れることが
できる気がする。
9/15の思い。