英語できない手に職もないパパ&村上家の5姉妹 オランダ移住物語 -43ページ目

英語できない手に職もないパパ&村上家の5姉妹 オランダ移住物語

2016年10月いきなりオランダ移住した一家の奮闘記第3章

2019年今年から移住サポートを本格的にスタートし、ビザ更新&ビザ切り替えサポートなどを含め、これまで10組程のお客様をサポートさせて頂いているのですが、その中で少々珍しい?母子移住のご家族をご紹介させて頂きます。

 

大阪からお越しの平川母子。(お母様は旧姓:安楽さん)

 

※写真は十数年前のものです。

 

一人息子の通称KUROGANE(諸々の関係で本名は伏せます。)は現在17歳で、日本ではまだ珍しいモンテッソーリ教育を理念とした小中学校に通い、オランダに目標とする音楽レーベルがある!ということで、卒業後すぐにオランダ行きを決め、某有名大手ラーメンチェーン店で朝から晩までアルバイトでオランダ移住への資金を貯めながら、大好きなサッカーとダンスミュージック制作に明け暮れた生活を送っていたそうです。

 

そして、その才で世界に打って出る為に、とにかく早くダンスミュージックの本場オランダへ!ということで、KUROGANEのやりたいことはトコトンやらせてやろう!という美容師さんであるご両親は、彼の夢の為に仕事や生活を整理していきながら、お父様が日本に残り、わざわざ狭い部屋に引越し、美容室の経営と現場を続けながら仕送りをし、お母様は彼のビザの為、自ら個人事業主ビザを取得する為、まだ未成年のKUROGANEと共にオランダへ移住して来られたという訳です。

 

もちろんお母様は僕と同じく英語は全く話せませんし、今回のオランダ移住が初めての海外という腹の括り方です。

 

語学学校での留学ビザがあれば彼1人で良かったのでしょうが、残念ながらオランダには語学学校の学生ビザやワーキングホリデー制度はありませんので、(2019年12月現在、日本とオランダのワーホリ制度が締結されるニュースがチラホラ聞こえて来ていますが。)必然的にお母様が個人事業主ビザを取得し、17歳の彼は扶養という形が一番手っ取り早いと判断した訳です。

 

言語が出来るわけではない、ダンスミュージックの道を極めんとする17歳の日本人の少年に最適な道は、我々移住サポートチームも方々模索しましたが見つからず、まずは現地の学校へ入学させてもらうということで進めることに。

 

オランダは17歳いっぱいまでが義務教育で、18歳が成人です。

 

今回は稀有な例で、日本の義務教育は終わり、日本の同世代と比べるとかなり早めのチャレンジになるかもしれませんが、オランダではまだ義務教育の範囲内ということで、18歳になるまでは必ずどこかの学校に在籍しなければならないはずです。

 

移住したてで子供を学校に行かせていない期間が長いと市役所から警告文が届き、ヘタすると罰金という国オランダでは18歳までは引き籠りたくても引き籠れないのでしょうか??個人的な疑問です。

 

とにかく、17歳のKUROGANEは地元の移民の為の学校に通いながら、プロデューサーとしての腕を磨きつつ、時々サッカーに勤しむというオランダライフを送ることに。

 

ちなみに彼は今年の10月、アムステルダム界隈で毎年行われている世界的なダンスミュージックフェスティバル週間の初日に、1人で初海外ということで憧れのオランダにやって来て、偶然ドライバーサービスの常連さんからの、その日の夜行われるDJイベントの手伝いの仕事に同行してもらい、常連さんのそのDJの方に紹介がてら、荷物運びを手伝ってもらいました。

 

会場近くで車を停め、荷物運びを手伝ってもらい、彼を会場に残し車を停めに行ってから会場へ行ってみると、なんと彼がDJとして飛び入り参加しているではありませんか!!

 

KUROGANE (彼へのコンタクトはこちら)

https://www.instagram.com/kurogane_tetsuhkw/

 

正直僕の中でDJとは何をするのか?人のCDつけたり消したりしてるだけちゃうの?(by 野々村友紀子)と思っている節もあったのですが(笑)もちろんその世界も奥が深いようです。

 

イベント開始までまだ30分あるとかで、その方が彼に「やってみたら?」と場を任せてくれたそうです。

彼はこんなこともあろうかと自前のヘッドホンと音源を常に携帯していたそうで、17歳にして初海外初日で飛び入りDJとしてプレイするという離れ技をやってのけたという訳です。

 

考えてみて下さい。17歳でなかなか出来ることではありません。

初めて見る彼のDJ姿も様になっていました。

ひょっとしたら彼は日本を代表するオランダ発のビッグネームとして名を馳せるかもしれません!

 

現在彼は渡蘭2ヶ月にしてロッテルダムにある日本でも有名な某プロダクションのヨーロッパ支部のおめがねにも留まり、そこのスタジオを音楽制作の為に自由に使っていいという状態を勝ち取り、日々精進しているそうです。

 

今後の彼の成長をこのブログでも追いかけて行きたいと思います!