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長野高専5期ネット

電気工学科の第五期生(1967~1972)として関わった人を中心に集える場所として、開設したものです。

LIFELINE さん

 お知らせいただいて、ありがとう 電話

  こちらも、自分の家のことに追われて、なにも、できないところでした


 それでも、小日向のこととなると、ちょっと、
   
  ほったらかしというわけにもいかないので

   ここに、書いてみるよ

   さっきまで、南箕輪村の大芝高原で、なにを書こうか、

    想いめぐらしていた 汗


 実は、おいらが、もしかすると、彼に逢った、最後の同級生かもしれない 目

  10年ほど前、東京で、同級会が行われた際、

   おいら、そのまんま、彼の部屋まで、連れて行ってもらい、

    泊めてもらったんだ

 で・・・

  そのあと、少しは、メールで、やり取りしていたのだけれど、

   どこに住んでいるかも知っていたし、いつでも逢えると思っていたから、

    なんにもしていないうちに、気がついたら、10年がたっていて

     そして、この訃報を、LIFELINEに、教えてもらうことになった。

 一週間前に逢っていて、その死を知らされた、津田のときとは、

  ぜんぜん、違った。


 長野高専時代

  おいらの取り巻きは、なにかと、お騒がせのやつとか、

   おいら自体に、ぐいぐいと、飛び込んでくる奴

    どうしても、意識しなければいけなくなって、厳しいやつが、

     多かったんだけれど、

   小日向は、まったく、おいらに、気をつかわせないやつだった 音譜


 夏休みには、NTTの電話線張りのアルバイトをいっしょにやったし、

  製図の時間には、ぬけだして、体育館で、バドミントンをしていた

   もっとも、いいだしっぺは、そう、悪いのは、現在奈良に住む

     カメマロだ

  だから、授業の想い出は、まったくないけれど、

   野尻湖に、でかけたりとか ・・・

    サボった記憶しかない


 卒業の時、たしか、レコードを、一枚、彼にプレゼントしたと思った

  MOZART SYMPHONY K.201

   マリナー指揮 アカデミーのもの

  その後、先の東京の同級会まで、30年

   そして、40年後  


 おいらの手元には、彼の下宿で撮った、

  たった一枚きりの写真 ← リンク付き・ここをクリック



悲しい知らせが続きます。


8月19日付け信濃毎日新聞お悔やみ欄の記事に


小日向康弘(60歳)

江戸川区西葛西、自由業、

喪主は伯父


とありました。


たび重なる訃報に接し驚愕してしまいました。

卒業以来親交はなく如何なる人生を過ごしてきたかは不明ですが、

あまりに早すぎる終焉です。



自身、未だ限られた余命を意識せずに世事に忙殺されているのですが、

真剣に考えなければいけない歳になっていることを自覚させられました。


ご冥福をお祈りします。


LIFELINE

今朝、信濃毎日新聞のお悔やみ欄に小瀧正君(61歳)の記事がありました。

地元に居る者として、戸倉に告別式に北沢君と参列してきました。



祭壇の写真は久しく会ってないために別人に見えましたが、

かつての面影はありました。


喪主は奥さんで、長女、長男が迎えました。

ホールには、3人の孫と彼との幸せそうな家族写真がありました。


早すぎる生涯でしたが、同級生として最後のお別れをしてきました。


                              LIFELINE

テレビで、水害の模様が伝えられた

 なかには、おいらの知っているところ

  さんざん通った道も、見えたりと

    気が気でなかった 雨


 もうちょっと、雨が降っていたら

  ほとんどの堤防が、決壊したかと思うと

   爆弾

           パパゲーノ 記