突然ですが自我のこと考えたことありますか?
恐らくほとんどの人が考えていないと思います。
読んでいただくとして
僕が提案したいのは
自我は『遊び道具』である、
という捉え方です。
“遊び道具”を邪魔物扱いして
消そうとする必要はないのです。
“遊び道具”を深刻に
考えて磨こうとする必要もありません。
“遊び道具”に対して自由であればいいだけです。
“遊び道具”は楽しむためにあります。
“遊び道具”は自分ではありません。
自我に対して一歩引いて
少し距離をとればいいんです。
自我に頭を突っ込んで、もが
いているから苦しいんです。
自我を扱うことに執着すればするほど
罠にハマり、
変化しにくくなります。
自我に対して自由でいるほど、
自分の望むほうに変化しやすくなります。
執着しているんです。
だからなかなか変わらないんです。
必要なのは力を抜いてリラックスすることです。
遊びの感覚をどれだけ持っているかがポイントです。
水泳でもスキーでも適度に力を抜くことが大切ですが
、
かと言って完全に力を抜いたらダメですよね?
同じように、力を入れまくりでセルフイメージを
高めようとするのも、
自我を邪魔者扱いして
消そうとするのも、どちらも間違っています。
そんなことをしなくても、
リラックスして
自由な感じであればいいんです。
自我との良い距離感を保てばいいんです。
観察者の感覚が大事です。
これらのことが「自我とは“遊び道具”である」
と、
捉えることで楽に理解出来ます。
慣れは必要ですが捉え方一つで、
いろいろなことが達成されます。
“遊び道具”だから自由に遊べばいいんです。
“遊び道具”をわざわざ捨てる必要はありません。
“おもちゃ”のパーツは自由に取り替え可能ですし
、
多くの人はそうできることを知らない
または慣れていないだけです。
大事なのは、誰もが平等にその力を持っているということです。
“遊び道具”を否定したところで
それ“遊び道具”ですから!
自分じゃありませんから。
これまで自分が創り上げてきた“おもちゃ”は、
気に入らないパーツばかりを付け足してきただけです。
これからは心地よくなるパーツに付け替えていけばいいんです。
方向が違うだけで、やることは同じです。
さあ、自我で遊んでやりましょう!