ごっしぃさんのブログ -3ページ目

忘年会の話で思った事

おとといの忘年会での話で、高校生の娘が成績不振で自暴自棄になって、成績表を燃やす動画をネットに上げて学校で大問題になったという方がいた。





ダメな娘だと悲壮感を漂わせていたので、他の方もうちの息子はこうだとかうちの娘はこうだとか話をしてた。




幸い、私の家族にはその話に加わるような人はいないけど、その方の話を聞いてどことなく分かるところがあった。




その方の娘さんだったらそうなるのも分かるなと。




というのも、普段の仕事や人との接し方をみている限りでは、その気はなくだろうけど空気を悪くする事が多々ある。




職業柄、そういう人が多いのかも知れないけど、指示の内容で間違ってないけど言い方がだいたい人をけなしてたり、まるで身勝手な理由で指示しているように聞こえたりする。
あと、自分の失態は棚に上げて「自分はちゃんとやってるのに、どういう訳がダメな部下ややっかい事が常につきまとうかわいそうな人」であるかのように振る舞う。
自分の事しか考えないようにみえる。






それが仕事だけであればとんだ失礼だけど、家庭でもそうなら…と思うと娘さんが多大なストレスを抱えるのも理解できる。






ネット動画のバカな事件とかも、全部が全部、度胸試しみたいな単なる悪ふざけという事ではないのかも知れないなと少し思った。
まあ、悪いことには変わりないけど。

2015

先ほどお風呂に入りながら、なんだか今年を振り返る気分になってたけど、まだ後半月あったなと思って。

でもオトノハさんも振り返ってた事ですし、まあいいか。私は今、そういう気分なんだから。





ということなので2015年だけど、私は本当になにも上手くいかない一年だった。






良かった事と言えば、今のところはすべてがとりあえずは問題なく無事に終わった事。

本当ならそれでもう御の字だと思わないといけないかもしれないけど、何かを楽しむ余裕がなかった。
全部が、こなすことばっかりに気がいって。追いつけてない事も多かったし。




まあ、だから何も上手くいかなかったんじゃなくて何も楽しくなかったのかな。




いや、楽しい事が全くなかった訳じゃないけど、苦楽の比率がちょっとだいぶ偏ってた。




あと、揺るぎないと思ってたものがたくさん揺らいだ。
常に不安定だった年でもあった。




年が変わったからって何か変わる訳でもないけど、何か変わるといいな。良い方向に。

Twitterにも書いた事

漠然と今の仕事が嫌だけど、なにが嫌かと考えた時に、良かった環境が転勤や係り替えや異動で私としては段々悪くなっていく一方で、仕事内容自体も好きじゃないし。
でも環境は毎度頑張って良くするよりどうせ次々に変わってしまうから運に任せようとしたのはそういえば自分だった。



というのも転勤してから思い描いた私の理想では、仕事は仕事で割り切ってプライベートを楽しむ生活がしたかった。
けど、職場の人間関係を頑張ってた時の人達とまた一緒になっちゃって付き合いが増えたり、
仕事内容自体が慣れない事に変わったり、
力を入れたかったプライベートが、環境の変化で今までのリズムを崩されて今まで以下になったのを取り返そうと躍起になったり、
外せない大事な行事が続いたり。

思うようにバランスがとれなくて結局どれも負担ばっかりで余裕がなくなった。


でも、とりあえずは全体的に落ち着いて今また改めて全体を整理し始めて今に至るんだけど、
今のところ理想は変わってなくて策を練ってるところで、だからなんだなあの歌。初めて聴いたときから「何か捨てなきゃ重量オーバー」が聴く度に頭で何回も繰り返されるのは。


捨てたいものは一応決まってて。

一つは物理的に、もう一つは私の性格的にまだ捨てられてない。
性格的な方は人間関係で、本来は事なかれ主義の上に避けてきた事だからどうすればいいか分からないし怖い。そして難しい問題は後回しの性格だから捨てられてない。
学ぶ事は多かったし貴重な経験もしたけど、もしかしたらそれが諸悪の根元かもしれないとさえ思ってて。それは別に悪ではないんだけど。私の理想には要らないってだけだから、勝手な理由で最低な事を言ってるのかも知れない。でも、窮屈なの。


つまりは、解決策が上手くいくまではこの重量に耐えるしかないってことなんだね。