Ⓒ五等分の花嫁/春場ねぎ

 

零奈を演じる事で本来の自分を晒すことが出来たのと同じ理屈で、

スクランブルエッグでは、姉妹全員が五月に扮した事で、

"木を隠すなら森の中"と同じ理屈で零奈の時と同様に

五月が普段表に出していない"本当の自分"を晒したという可能性を考えると、

五月が"鐘キス"を実行するに至った理由にも合点がいく。

この時点では零奈は封印しているので、

五月にとっては本来の自分を晒せる最後のチャンスだと考えている可能性。

 

Ⓒ五等分の花嫁/春場ねぎ

 

五月が、二度目の零奈を扮する直前、零奈の変装道具を前に、

「上杉君…」と風太郎の名前を呟いたのは、

もう一度、本来の自分の姿で風太郎と会いたい…という想いが

去来しているのではないでしょうか。

 

Ⓒ五等分の花嫁/春場ねぎ

 

一度目の零奈は、"四葉に頼まれたから"という理由がありましたが、

二度目の零奈は四葉に頼まれたわけではない。

五月の意思で零奈に扮して風太郎と接触するつもりだった。

だから、四葉にも内緒にしていたのでしょうね。

 

当初は風太郎に5年前の女の子が四葉だと気づいてもらう為のお節介だと思いましたが、

母親を演じる自分から解放された、本来の自分として風太郎にまた会いたい。

という自身の欲求に基づいた行動だと思います。

 

Ⓒ五等分の花嫁/春場ねぎ

 

だからショッピングモールで風太郎と会った時も動揺していたのは、

風太郎を意識していたからなのでしょう。

 

Ⓒ五等分の花嫁/春場ねぎ

 

2回目の零奈は明らかに五月本人の意思で行ったものですが、

その意図は、本来の自分で風太郎と接したい。という想いからでしょう。

 

五月の置かれている状況を鑑みると、

外見が五月の時は零奈(母親)を演じ、零奈(5年前の女の子)の時は本来の五月を晒せる。

という外見と中身がテレコになっている状況ですから、

母親を演じない本当の自分で風太郎と接したいという想いがあるという事は、

風太郎に対して好意を露にできる機会が"零奈の時だけ"という事でしょう。

 

Ⓒ五等分の花嫁/春場ねぎ

 

五月が本来の自分を大胆に晒すことが出来たのは、

"零奈という架空の人物"だからであって、

その正体が五つ子誰かだと風太郎に特定されていることを知り激しく動揺します。

 

Ⓒ五等分の花嫁/春場ねぎ

 

風太郎のこの質問に関してはおそらく、

普段の五月が零奈(母親)を演じているから、本来の五月を晒す為に

普段演じている母親の名前を逆に使ったという単純な話でしょう。

 

Ⓒ五等分の花嫁/春場ねぎ

 

この"私のこと""私""5年前の女の子"の事ではなく、

五月にしてみれば"本来の五月"の事なのでしょう。

地味な展開ですが、この時に五月は風太郎にフラれた事になるのでしょうね。

まあ、あくまで五月の主観のみの話なのですが。

 

Ⓒ五等分の花嫁/春場ねぎ

 

この時の五月の胸中は察するしかないでしょうが、

風太郎と四葉の想い出を利用した罰が当たったんだ。という想いぶあるのかも。

 

Ⓒ五等分の花嫁/春場ねぎ

 

だから、四葉の想い出を利用した罪滅ぼしとして、

修学旅行では風太郎に5年前の事を思い出させようと躍起になっている可能性。