昨日の記事で、今後書こうと思っていた内容を列挙してみました。

 

ふと、書きかけていて下書きにしてあった記事に、

「上の子供たちがいる『天使ママ』や、第二子・第三子不妊の治療について。」

というものを見つけたので、台風の影響で頭も重いし、近所で、虐待してるんじゃないかと心配されているお宅から、こんな暴風雨の中、時折変な物音がしているので、ため息。少しだけ、私の立場・思いを綴ってみたいと思います。

 

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ブログの上でも、実生活でも、私は中途半端な立ち位置で、ポツネンと取り残されている気持ちがしていました。

 

私には既に、治療をせずに自然妊娠で二人上の子たちがいる。

 

それが、「天使ママ」としても、さらには不妊治療をする上では、私の存在が嫌だと思う方も当然おられると思っていますし、同時に、上の子たちがいるからこその悩みに苦しんできました。

 

私は、「何も苦労せずに赤ちゃんを妊娠・出産した人」でもあり(厳密には、怪我の後遺症の薬を飲み続けているので、妊娠希望にあたってリハビリを強化して減薬し、「ほぼ問題はないだろう」という量にまで頑張りました。妊娠中、心奇形や口唇口蓋裂など、薬剤の催奇形性のデータと治療を説明されました。その中で、我が子には、「どんな時でもしあわせを感じられる子に育てていこう。」という思いを強めました。)、実際に出会う友人知人の中には、複数回の流産経験者も多いのですが、さすがに5人連続で亡くした人はいなくて。

 

また、39歳になってなんとなく焦って、とりあえず不妊治療のクリニックに通い始めましたが、三人目を望んで治療しているって、贅沢なのかな、と。

 

子供は3人いたらいいな、とは思っていました。

 

でも、もし三人目の子を最初から授からなかったら、タイミング法など一般不妊治療はしたかもしれませんが、高度生殖医療はしませんでした。

 

二人に不満があるわけでは決してないからです。

 

亡くした子に自責の念を感じ続けるのが怖かった。抱えきれないと思っていました。

 

三人目の子にも愛情を抱き、胎動にも個性を感じていて、我が子が3人いる生活を具体的に思い描いていた矢先に、私が原因で、亡くすことになった。この思いを引きずって、本当に年齢的に無理、という段階になった時に、

「あの時、治療しておけば良かった。」

と悔いることは避けたかったからです。

 

宗教も迷信も、特別信じているわけでもない私たち夫婦が、あの子の「魂」はあるように感じて、生まれ変わりなんてないのに、我ながら不思議なくらい、「戻ってきて」と願ってしまう。

 

ゼロから欲しているのではなく、目の前で、なす術もなく突然失うことになった我が子の命。その子がどんな子になったんだろう、という失った未来。

 

そういった喪失感は、自責方向に向かうと、「目の前の二人を今まで以上に深く愛していこう、亡くした子(達)の分まで、大切に愛そう。」という気持ちだけでは、簡単には片付けられなくなりました。

 

疲れてしまったので、続きますm(_ _ )m 暗いのは、低気圧のせだなぁ、きっと。続きは明るくいきます!読んで下さり、ありがとうございました(^人^)