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#3 psYcHE

徒然に
思いの丈を伝える
そんな
ブログ


生まれてから20数年間
距離は離れていたけれど、ずっとそばにいた幼馴染がいた
親戚とも付き合いがあり
兄弟ではない兄弟のような
常に我々はセットだった


なぜ「いた」なのか
それは
彼はもうこの世に存在しないからだ

彼は小学校くらいからか、
癇癪をおこすと、
死んでやる!

とよく言っていた
その時は田舎の小学校というので
友人関係がかなり密にとられていたということで、
まぁまぁまぁ‥
でおさめることができた

大きくなり
大学の頃からか
その密だった友人関係から
初めましての友人、先輩、後輩が増えたのだろう
人間関係にしこたま苦しんだ

社会人になっても
劣等感をぬぐいきれずもがき苦しんでいた

そんなとき
SNSで必ずSOSをだしていた
彼なりにだがね
そのSOSをキャッチするたび
友人が助けにいってた

それでも
彼は
生きれなかった

苦しんで苦しんで
最後は山奥で楽になった

誰もが
ほんの一瞬でも
自分を責めただろう

なぜあのとき
今回も大丈夫だろう
と思ったのかと。。。



彼はずっと言っていた
俺が死んでも誰も悲しまない



そんなことなかった
両親 親戚はもちろん
多くの友人
幼馴染の自分
職場関係まで

みんなみんな悲しんだ
泣いて落ち着くならまだいいよ
何もできなくて
みんな1人でいれなくて
用事も何もないけど
集まったりもしてた



なにより

ずっとおばさん(彼の母)は
暗闇のトンネルの中にいる
自分よりずーーーーーっと
もっと 深い悲しみと
戦っている

そして彼がしたかったように
仲間がおばさんのもとで
彼のこと話ししてる


棺の中の彼のことが夢の中での出来事のようで‥
でも、現実で
不思議な感覚にずっとおちている
ゴールのない迷路をひたすら歩き続けている感覚だ



1年が経つけど
未だにどこか自分のピースが失われている



そんな日々を過ごして思う


自殺を認めるつもりはないけど

自殺したいほど悩んで死という選択肢をつくる人がいるのもわかる


ただ


自殺をする勇気があるなら
助けを求める勇気をもってほしい

自殺するほど追い込まれているってことは
少なからず
あなたの周りに共感してくれる人がいる

自分の存在が迷惑だ
消えたい

あなたに
消えて欲しくない

あなたを大切に思う人は
必ずいる

必ず

大丈夫




大丈夫


以前ツイッターで

運動会の中止を前日に決めるのはどうなのか‥‥

というものを目にした


今の時代当たり前のように
事前連絡、事前決定が行われている
運動会や台風による急行についてに、限っていえば、現代の天気予報の正確さからくるだろう。

さて、運動会の実施をギリギリ待ってもいいのではないか?という意見についてだが私は同意見である。

事前に中止を決めることでどんなメリットがおこるのか。
ひとつは、お弁当、場所取り問題だ。
並んだり、食材を‥と考えると事前に知りたいだろう
あと、職員も早々出勤をしなくてよいというものである。

はて、羅列してみると
子どもにとってはどうなのだろうか。

だが、わかっていることを事前に決定しないということに関して、疑問を感じるのもまたひとつの意見。


ただ
変わらないのは
運動会を見たい親がいて、
参加したい子どもがいるとともに
参加したくないからはやく運動会を終わらせたい子どももいる
子どもの輝く姿をみてもらいたい教師がいるということだ。


「人を助けたい」
という思いはずっともってて、
時は流れ

「なぜ平等に、教育が与えられないのか」

という思いに行き着いた


もちろんある程度の家庭は当たり前のように学校に行かせるもしくは行っているだろう。

しかし一方で、親の力により学校に通えない、通わせてもらえない家庭もやはりまだ日本にはあるのだ。

学校が通報すれば‥地域住民が通報すれば‥児相が‥

それで解決しそうに聞こえるが、実際のところ保護者の思い、考えが一番になり

踏み越えられない壁が現実には立ちはだかっているのだ。
極論、今の日本ではGTOのような世界が許されるような国ではない限り、学校、行政は立ち入れないのだ。


そんな中自分はなにができるか
模索していきたい。