そして奈央が26才の頃、埼玉に引っ越してきました。埼玉でも相変わらず奈央の多重人格増えるばかりで、どうしようもありませんでした。病院は済学会桶川病院になりました。済学会に入退院を何度も繰り返していましたが、奈央は自分の乖離性には一向に気付きませんでした。済学会も奈央に乖離性とは一言も言いませんでした。奈央の家が貧乏だったからかもしれません。

普通の時の奈央は、おとなしく穏やかで他人を思いやる性格ですが、他の人格はどうだか奈央にはわかりません。

済学会に数回入院し、奈央が34、35才のとき、入院時に済学会に体を操られるようになり、さらに変人になっていきました。体が操られているので、様々な犯罪行為もしてしまいました。それらは全て、大田区の相原病院と済学会桶川病院がやりました。済学会の当事の担当医師は玉川医師で、その後を細井医師が引き継ぎました。奈央は完全に遠隔操作されていました。奈央の体が日本中の、いや、世界中のどこかにあって、それを誰かが動かすのと、奈央の分身を鞭で叩いたり、ナイフで切り刻んだり、燃やしたり煮たりすることがあり、奈央はそれがとても痛くていやです。

ここまでの記述で、高田奈央が幼少の頃、外で猥褻行為や暴力行為を行っていた時に奈央に近づいてきた悪い人物たちや、21才のとき入院しAIの前身を作った相原病院や、34、35才のとき済学会桶川病院で受けた操り、この3つを合わせて、罪を高田奈央にだけ着せるのは間違っています。上記の2つの病院も犯罪に関わった責任は大いにあります。