こんばんは
最近家の掃除ばかりしています。
なのですが今日は別でした。
毎週火曜日は父が介護でお昼には施設の人が迎えに来て夕方に帰って来るのが日課なのです。
施設に行っている間に家事をどれだけこなせるのかが問題で
弟が富山に引っ越すのでゴミの量が多いのです。
それと今年からゴミの分別がややこしくなり複雑になりました。そのため分別して月に一回の回収や週に一回の回収までゴミを管理する必要が出たのです。
これが大変なのです。
何が大変なのかというと分別することではないのです。
いかにして父親から隠すことが出来るのか?という問題です。
父は燃えるゴミ以外のゴミを捨てるのが嫌いなのです。
ゴミ屋敷に住んでいる人と同じ感覚なのでしょうが「いつか使える、捨てるのがもったいないまだ使える、おしゃれ」などという思考回路があります。
そのため、ペットボトルの回収の日にゴミをきれいにまとめて家の外に出していたらきちんと家の中にしまって袋から出して自分の部屋もしくはリビングに放置しています。
なので回収してくれているもんだと思い家に帰ると朝出したゴミが袋から出して並べられているだけでなく、なぜ捨てたんだ?とまるで宝物を捨てられたみたいな剣幕で怒鳴り付けてきます。
一番厄介なのは粗大ゴミや埋め立てゴミ、粉砕ゴミです。
粗大ごみは今年から有料になりました。
なので市に電話で予約して400円ずつシールになった券を買って種類によって金額と同じだけ張るのですが
案の定父が家の敷地に戻す。しかも自分では動かせないから玄関に飾る。
時たまシール付いたままの人様のゴミを拾ってきます。
本当に勘弁してほしいものです。
ちなみに、玄関に飾っているゴミを除去すると同じようにとてつもない剣幕で怒ります。
月に一回しか回収してもらえないのに仕分けて隠してその日に出しても私がいない間に敷地内に入れて袋から出す。
我が家は私以外ゴミ屋敷が好きみたいです。
弟も出ていく前に部屋をきれいにしようと掃除してくれますが爪が甘く、結局は私が掃除しているようなもんです。
まあ自分が今度その部屋を使おうと思っているのでするのです。
毎日掃除しても掃除しても父が使う場所は1時間と綺麗さが保たれないです。
リビングも浴室もトイレもどこもかしこもう○こまみれ
きれいにするのにどれでけ漂白剤や洗剤、消耗品が必要なのかわかってない
それどころかびた一文出さないので金銭的にしんどい。
それどころか、俺の金で無駄使いしやがってって怒鳴り散らす始末。
お前、生活費も一銭も出さずに飯食って、介護してもらって毎日家じゅうう○こまみれにしておもらししているのに毎日きれいな布団とシーツや着替えで生活できているのは誰のおかげだ?といいたいですね。
言っているのですが私がだれかもわかっていない、一日の記憶が持たない人に言っても一緒
私も内々定もらったとはいえ、まだ本命の企業は選考すら始まっていませんからバイト入れようにも入れることができないので消耗戦です。
もう頑張っても無駄なようにしか感じません。
さて、ここまではいつもの日常なのですが今日はその苦行+弟の尻拭いです。
父親はもう完全に脳がつぶれています。
何を見ても聞いても言っても理解しません、忘れます。なのに体力があり口が猛烈に動きます。
で父は毎日毎日祖父に毎朝、長時間電話します。
しかも一日に何度も
朝昼晩毎回電話の嵐です。祖母が大迷惑被っているのですが自分の息子の脳が壊れているという点と自分も一人で寂しいというのが相まって相手をしています。
で、父の病気は生活に変化を与えてはいけません。
なので弟と親族が話し合って父には家を出て富山に行く事を言っていません。
私も内々定が出たこと父に言っていません。
しかしながらですね。
父は変化に気がついてしまったのですね。
弟が荷造りしている事、部屋をきれいにしている事、家を空けることが多くなった等々。
で毎日の電話攻撃に耐えられなくなった祖母はリークしたわけです。
でも父は重要なことは忘れるのです。
なので私に毎日毎日聞いてくるというからくりで
毎日毎日、弟はなんでこんな事しているのか?家出るのか?けしからん!!といった感じで
前提に父は私たち兄弟の事を自分の息子、娘だとは認識していません。
謎の同居人というだけですがそんなこと言います。
弟本人は今親戚の家を回って富山に行く報告をして回って金曜日まで帰ってきません。
最悪ですよね。
もうこれ以上問題を増やさないでほしいものです。
これから解消しないといけない問題が山のようにあって、弟がいなくなったらどうせ父は病状が悪化するのが目に見えているので対策が必要ですし、どうなるか分かったものではありません。
弟にも話はします。しかし弟の気持ちも心も富山での新生活のほうに気が言っており、私が何を言ってもうあの空、聞いていない、忘れるというクズっぷり
私もこんなお先真っ暗な介護の話を新生活でうきうきランランの人間に言いたくもないし、複雑な心境で話したくもないのに話している点で察してほしかったのですがそんな優秀にはできていないのでぼけぇっとして終わりでした。
話あったら理解できるという考えは弟には通用せず。
あと、相談した人々も口をそろえて話し合ったら理解できるし、一緒に考えることもできるとか言っていたけど幻想でしかないことがわかりました。
結局は尻拭いだけでなく、これからの生活の問題、将来の事全部私が一人で考えなければいけないという状況。
祖母は自分だけ楽になりたいから父にリークして丸投げ。
祖母とあったとき、これ以上迷惑かけないようにするために黙っておくといっていた祖母の言葉も簡単に崩れ落ちる。
介護問題で信用信頼というのはある分けないとおもっていますが
自分の孫たちの人生がかかっている岐路である時ぐらい孫の事思いやってほしかったです。
祖母は吹っ切れたので私に対して就活の邪魔にならないように父の相手するといっていたのに裏切っていますので
もう容赦なく、私に対して今後の介護について、生活について動き出すように言ってきます。
考えることすら無理なのに
内々定はもらいましたがいくと決めたわけでもなく、本命は選考すらまだ、それにいくと決めても勤務地は選べない。
そんな不安定な私に自分の将来も決まってないのに老い先短い人の将来考えろ?だと
もう理解ができません。
社会に絶望するだけでなく、社会にも絶望してしまいます。
私が何悪いことしたのだろうか
こんな目に合わないといけないほどの大罪を犯した記憶はない。
父は不安になり、寝れないみたいで2時間おきに起きて私を大声で呼んで弟について問いただしてくる。
話して布団に戻しても少し横になったら忘れるみたいで毎回同じ事を聞いてきます。
本人は昼間に昼寝しているから問題ないのでしょうね。
こっちは不眠ですよ。
内々定もらって少し気が楽になったと思っていたらまた精神的に追い詰められることばかりでもう内々定もらえたうれしさや安堵感といったものは吹き飛んでいきました。
それに毎日毎日お祈りメールはもらい続けます。
忘れた頃にやってくるものです。
あと一番気が重いのは
教授たちが木曜日に2社内定をもらえたので本命ではないですがお祝いの焼肉パーティを開いてくれることです。
気を使ってパーティしてくれるのもうれしい、内定獲得したことを喜んでくれるのもうれしい。
教授たちと書道の仲間以外喜んでもらえなかったのでうれしいですよ。
けど、今もう内定で喜べるような心境ではないのです。
凄く身勝手ですが内定もらえて報告したのが2週間前ですがもう一年以上前のようなもうはるか遠い記憶になってしまっていて
人に言われて思い出すぐらい自分の中には内々定で喜べる心はどこかに行ってしまっています。
あと教授のほかにも一人参加者がいて、前に書いた関係が悪化している人も教授たちは知らないので誘ったみたいなのですが正直前はとてつもなく仲が良かったのですがもう今は会いたくもない。
明日、その人と教授が授業で会うのでその時にでも話して自分から参加辞退しなければ私はもう行きたくないのです。
表面だけで祝っても欲しくない。顔も見たくない。
教授たちには悪いのですがそうなのです。
私の指導教授がメインで企画したので私に拒否権はないのですがいやでいやで仕方がない。
毎日毎日どうしようかと考える日々です。