こんばんは
お久しぶりです。
17日から台湾に行ってきました。
24日の夜中に帰国しました。
台風が接近していてどうなることやらと思っていましたが出発が遅れるだけで済みました。
今回の旅行でわかったことは
初めて海外に行く友人と一緒に海外に旅行するということは責任がかなり重たいという事でした。
かなり気を張り続ける毎日となってしまい。リラックスどころではなかったとは言えます。
それでもせっかく来たのだからという事で自分なりに楽しんではきました。
多分同じ友人とは二度と海外に行くことはないでしょう。
友人関係も見直す必要がありそうだと体感してしまうほどでした。
友人が悪い点もたくさんあるんですが
海外旅行の常識を勉強してきてくれるとか甘く考えていたのが私に落ち度がある。
せめて旅行先のガイドブックなり書籍を買ってパラっとでも読んでほしかったし、ルールも理解してほしかった。
ホテルの位置も訪れる場所も名前も最低限覚えてほしかった。
なんでも人任せは勘弁してほしい
でも自分のしたいこと食べたいものは要求し、英語ができないからとか言ってなんでも私にさせるだけでなく、連れて行っても自分のイメージと違っても文句言わないでほしかった。
あとキャリーケースで私の足に何度も当てて私のかかとを血まみれにしても
キャリーケースの扱いがなれてないからとか言い訳しないで欲しかった。
旅行中ずっと私の真後ろ歩いてキャリーケース100歩も歩かないうちに何度も何度も当ててくるの
キャリーケース持ってなくても真後ろ歩いていきなりお店に入ったり、客引きにつかまったり煮え切らない態度をして店員怒らせたりしてもう大変だった。
地下鉄で思いっきり飲食するわ無茶苦茶な女だった。
言い訳も意味不明だった。
デブだからのどか湧いたりおなかがすくからしょうがないでしょ?
意味不明。デブだから法律犯してでも飲食したいのか
本気で危なかったし、捕まったら助けてくれるんでしょ?
とかマジで頭湧いていました。
誰が助けるかよ。という感じで日々過ごしておりました。
行くときも6時間出国した後待つことになったのですが友人は私がいるから安心したのかずっと搭乗がスタートするまで爆睡し、機内ではかなり揺れたので私に対して常に話しかけてきて付いたらついたで入国の仕方がわからんとか言って騒いでやっとのことで入国したら空港のフードコートで私ほったらかしにして荷物も適当に置いて完全に盗んでください見たいな状況で食品を買いあさり、食べ満足したのかあろうことかまた電車の時間まで爆睡していましたよ。その間私は荷物見て居なきゃいけないのでトイレにすらいけないんですよ。
徹夜で面倒見てそのあと台北市内出たのはいいのですが私はヘロヘロの中行きたいと騒ぐから午前中は故宮博物館に行き午後は台北101に上りましたよ。
台北101に行くのも殺意が湧いたのですが
台北101に行く前に大きな書店に行きたいとか言い出してチェックインが終わって荷物も置いていない座ってもいない状態で片道地下鉄2駅分歩いて本屋に行ったはいいもののお目当ての物も思っていたところとは違って文句たらたら言いながらまた来た道歩いて帰ってもうしんどいからシャワー浴びて寝かしてくれホテルの近くに美味しい小籠包やさんがあるから階に行って来たらいいっていったら台北101昇りたいし、今日しか台北は晴れていないし夜景が見たいから今からしかむりとか小籠包屋さんもうまく注文できないからそんな身勝手なこと言わないでとか意味不明なことほざいていましたが
結局台北もそのほかの地域も雨は全く降りませんでした。
まだその時はやさしさというか初めての海外だからいけるところは行きたいよなってことで老骨鞭打って
ホテルから台北101までは地下鉄で3駅あるのですが友人は来るまでに爆睡していたので体力があり余っていたのか
もう一度散歩がてら歩いていきたいとか言い出して歩いてきましたよ!!
往復で!しかも夜市行きたいと騒ぎ黙らせるために夜市に行ってホテルですよ。
もうヘロヘロ一睡もしていないんですからね。
写真は残っていましたが全くもって初日の観光の記憶がぶっ飛んでいます。
せっかく故宮の北院に行ったのに記憶がない。
もう一度行く必要があります。
その日に愛そう付かして自分なりの愉しみ方に切り替えていましたが最終日もまあひどいもんでした。
わざわざ搭乗時間が午後6時でチェックインのスタートが3時間前だっていうのに12時に空港に行きたいとかマジありえない。
遅れたらいやだからって騒ぐから12時に桃園空港の第一ターミナルに行きましたよ。
で友人の異常行動で
キャリーケースにボストンバックを預けるので大きな荷物2つトイレ行くからといって私に預けた後4時間帰ってきませんでした。
何言っているかわからない人もいるかもしれませんが文字のとおりです。
4時間後こっちは迷子になったのか?それとも何かしでかして捕まったのかとかいろいろ考えつつ荷物が大量すぎて身動きが取れないためトイレはおろか寝ることも動くこともできずにチェックインが始まって1時間たってやっと帰ってきて
友人は私に対して
空港にはいいお土産も食事ところも何もないんだねせっかくだから残ったドルをお土産に変えようとおもって第二ターミナルにまで行ってきたのにご飯も食べてきたけどまずかったこんなことなら台北市内でぎりぎりまで買い物しておけばよかったとか開口一番に私に言ったのですよ。
4時間ウィンドショッピングかよ・・・・・
こっちはもう友人の縁を切ろうと思いました。
トイレに行くといい4時間電話かけても一切応答せず、wifiルーターもって失踪したからこちらは空港のfreewifi使って時間潰して、大量の荷物みて腕で押さえつけなければいけないからしびれて行いが行いなので警察に捕まってないだろうか心配していたのがだめでした。
怒りましたよ。そしたらそんな怒ることではないやんっていったんで
もう終わりです。
一応私は大人なので旅行が台無しにならないように地元に帰って来て友人と別れるまでいい感じで接し続けました。
そのあと弟に愚痴りまくりましたけど
そんな中そんな頭がかなり弱い人をほっといて観光楽しんでいました。
台湾から帰ってきたのは24日の午前1時でした。
その日は午後から京大で指導教授と定例の研究会に参加してきました。
しんどかったですが得られるものも大きかった。
先輩のM2の先輩たちは全員大学はバラバラなのですが全員就職でD1にはいかない。
現実ですよね。
次の日からは普通に授業があったのでお世話になっている教授たちにお土産と頼まれていたものなど渡したり今度台北で私は参加しませんがとてもよくしていただいている教授たちが招待されるそうなので情報を提供しどのような場所なのか行き方などレクチャーしてきました。
その間もオークラのパイナップルケーキ食べながら話をしていました。
贈答品のパイナップルケーキは男性の多い大学ではオークラが一番なのです。
今度は私がオークラだったので今度は日航のになるでしょうね。順繰りなので
そのあと自分の指導教授にあったらなんと裏口で演習3に新入りが入ってきたとのこと
イヤイヤ
教授断れよ。
言い訳
僕は来るものさるもの拒まずでお子ちゃまには接しているし事務には貸しを作りたいだと・・・
だから実質ゼミ長のあなたもお手柔らかにね。
本気でやばい香りしかしないなと思っていたらビンゴでした。
一応裏口なので学生のパーソナルデータなり成績などは教授には開示されていましたが
なんで
興味のない専門分野のゼミに入ってくるのかなあとしか言いようがありません。
友人作りかったからどこでもよかったとか本気で勘弁
演習に入って卒論を書かないと経済学士にはならないと低単位指導で聞いたから来た感じ。
本気で馬鹿にしているので
教授と一緒に専門ぶつけて言葉ではありますがお互いがこん棒を振り回すかのような議論を前もって教授と話し合して
披露して
洗礼しておきました。
なめてもらったらこまるよ
だってだなんで西洋経済史、労働経済やっているゼミで遊戯王の研究したいとか言われなきゃいけないの。
なめすぎだろ
遊戯王知らないけどトレンディングカードでの研究は大学ではゲーム理論として扱う内容だしその専門の教授がゼミでトレンディングカードでの経済学教えているのにだ。
どうせ長くは続かない。演習を履修するだけの知識が足りない。本も読まないとか論外。
もう一人留学から帰ってきた奴も顔合わせであったが
前もってサッチャーリズムやりたいんだってって聞いていたので
その質問したら
イギリスの近代といったらサッチャーしか思いつかなかったからサッチャー卒論にしたいと
うあああ
しかも何か本を読んだのって聞いたら本はめんどくさいから映画見たよ
ってゼミで披露したので教授、私口が鯉みたいになっていました。
せめて課題に書いていったように参考文献あげような
文献て書いてあるでしょ
まずは英語より日本語ですよ
というかんじです。
新自由主義、レーニン、労働党知らんのにどうするの?といったところ
もう一人はずっと一緒に勉強している人なので
その人はスポーツ観戦を経済学の目線で考えたいとのことでしたので
いけそう。
教授も来週までに各自のテーマに合うように文献紹介するつもりってゼミでは言っていたが
そのあと研究室で私の卒論に関して話し合っているときに
もう僕にはどうしたらいいのかわからん2人に関してはって言って頭抱えていたが
私もどうしたらいいのか全く
お得意の作戦で行きますかと話して終わり。
多分そうなるだろう。
指導教授とは平日毎日会う。
3時間以上は話す。
スリランカの論文も完成し提出はしたのだが添削が間に合わなかったから教授たちも知っているから別に定期的に提出してくれるのでもいいし添削自体は協力できるということだったのでタイプの違う教授3人に添削依頼して、それでもあれやなってことで英語教育論について教授している方に頼んで読んでもらうことにした。
添削は仕事には入らないのでパット見た感じの印象になるだろう。
それでも添削してくださる人数は多いにこしたことがない。
自分の指導教授にはその添削がすべて反映された状態で最終確認をしてもらう。
指導教授とその学派の後輩のとてつもなく厳しい教授にもすべてが反映されたものを見せて確認してもらって完成とする。
どこか投稿するという分けではないのでネイティブチェックはなし。
スリランカで報告は論文に集中したいと思ってほかの人に譲って
プレゼンはなし、スリランカのほうに渡す論文としての扱いになった。
投稿にはしないが論文集にはなる。
一応は論文はプレゼンテーションにも簡単に応用できるように作られているから大丈夫。
そしてリーダーになってしまった。
まだ名前も顔もまったく一致していないのに
最悪である。でも
スリランカの学生とのやり取りも私と教授を通してやり取りがされるので自分の要望や意見が反映されやすいと思って
行きたいことろたくさんありますからね
現地の学生とは仲良くなっていたほうが絶対にいいので
そうしました。
スリランカ行くまで1か月を切り
指導教授からの卒論のデータ課題と文献の翻訳で死にかけてはいますが
なんとか元気しております。
ではまた