利尻島「留学」そして京都へ=祇園甲部芸妓・紗月さん
中学1年の1年間、大阪の自宅を出て、北海道の利尻島に離島留学していました。1クラス7人、全校生徒21人の小さな中学校。最初の1週間はホームシックで泣いていたけど、里親のおじさんとおばさんは優しいし、先生も生徒もみんな家族みたいで楽しくなってきて。
夏場は早朝から、地域ぐるみで昆布干しをするんですが、雨が降ってきたら、先生が「取り入れに行くぞ!」と叫んで授業は中断になる。3月に島を離れる時は、島中の人が港に集まってくれて、ボロボロ泣きました。反抗期だったけど、離れて暮らしているうちに、両親のありがたさにも気づくことができました。
テレビのドキュメンタリーで舞妓さんを知り、憧れていました。会いたい、と母や妹と祇園を訪れたのは中学2年の時。お座敷に向かう芸舞妓さんに歓声を上げていたら、偶然通りかかった方が「そんなに好きなら、紹介したげよか?」と言ってくれたんです。
3年になって大阪から舞のお稽古(けいこ)に通い、進路希望にも「舞妓さん」と書きました。担任の先生はすごく心配して、私以上に花街やお稽古のことを調べて、お茶屋「つる居」のおかあさん(おかみさん)にも会いに行ってくれはりました。
毎日提出する宿題のプリントにも細かく返事を書いて応援してくれて、先生の愛情には本当に感謝しています。卒業してすぐに祇園に来させてもらいましたが、今でも地元に帰ったらたくさんの友達が集まってくれるし、先生にも会いに行きます。かけがえのない関係です。

実は今も学校に通っています。 祇園の芸舞妓は全員、祇園女子技芸学校の生徒になり、授業として舞や三味線、鳴り物や茶道、書道のお稽古を受けるんです。 中でもやっぱり舞が一番難しいし、お師匠さんも厳しいけど、「都をどり」の大きな舞台に立つと充実感がありますね。
この世界の学校は、先生だけでなく先輩のおねえさん方にも教わることが多いし、一生お稽古です。私より下の子たちも増えてきましたけど、まだまだ教わることがたくさんあります。いろいろなことを学んで、もっともっと成長していきたいです。
紗月(さつき)さん
1994年大阪府藤井寺市生まれ。中学卒業後、京都・祇園のお茶屋「つる居」に住み込み、2011年に舞妓に。 前年の芸舞妓の売り上げ優秀者の表彰で13年から5年連続一等賞。