一年前の今日
6月3日・・・
パパの気管切開術が行われた日
..............
一年前の5月21日に
レスパイト先から 緊急電話
症状が急変した
呼吸困難になっている
訳わからず レスパイト先まで
娘夫婦に車を出してもらう
着いて パパ❗と声をかけると
うっすらとした笑顔
そのまま 救急車で主治医のいる
病院に向かう
今日明日が山です⋯
えっ!?
何!?
なんて言った!?
取り乱さないように 落ち着いて
見せていても 涙が止まらない

医師から 今後どうするか?と
聞かれても
相手が病院じゃ
何もしなくていいです
なんて 言えない・・・
パパの決断を覆す形となり
延命措置を希望した
そして 去年の今日
気管切開が執り行われた
術後は 暫く ボーッとしており
覚醒した時に 自分にびっくりしていた
なぜ 声が出ない?
なぜ 動けない?
なぜ 管が入ってる?
なぜ 気管切開してる?
やらないと言っただろ!
無性に悔しくて涙が止まらない
〇〇(娘)が聞いてくれたら
パパは生きたいって言ったんだよ
俺はそんな事 言ってない
やらないって言ってただろ!
あの時は 体中 二酸化炭素だらけで
酸素が回らない中 意識もボーッと
していたもんね
パパは一年経った今でも 悔やんでいる
あの時 終わりにしていたら
WHILLであちこち 出かけて
楽しく遊んで 楽しい思い出がたくさんの
まま だったから
そんな気持ちのまま空に
逝けたんだろうな
でも こんな気持ちも 今があるから
こういうふうに思えるんだろう
人生の中で 一年はひと握り
でも その一年が
パパにとっても 私にとっても
一生分になるくらい
苦しく 大変な一年だった
普通は経験しなくていい事でも
全て 自分でやらなくてはならない
覚える事もたくさんすぎて
初めは 頭が 真っ白になってた
周りの人たちの支えがあって
なんとか 一年を迎えた
怒涛のような一年だった
役所では 納得できない事は
とことん 食い下がった
すべて パパの為だった
役所では きっと私は
要注意人物かもしれない
昨日も訪看さんが 帰り際に
いい? ひとりじゃないからね
泣きたくなったり叫びたくなったら
私が いるからね
いつでも 言ってきてよ
ヘルパーさんに任せて たまには
外に出よう
カフェでスイーツ食べておいで!
明日から また新しい一年が
始まる



