既に書く事が無いのでw件の批判やサイリウム禁止の事を考えた。

 前も書いたがモノノフのサイリウム依存度は異常だ。

 いや、他のアイドル文化を全く知らないので、もしかしたらアイドルファンという物はそうなのかもしれないが

 ただサイリウム禁止で騒ぎになる事がとても不思議だ。

 まぁ彼等に言わせれば、杏果がももクロを辞める。ももクロである事実を消したがってる。という事なのでw
 だからその象徴の一つとしてソロ活動を批判したり、頑なに使ったのかもしれないが、そもそもそれも彼等のただの想像だ。

 仮に辞めるから何だ?というのは置いといてw杏果は辞める等と一度も口にしてはいないし、ソロだけやりたいとか、ソロのが楽しいとさえ言ってはいない。

 ただ確かにソロのがやり甲斐はあるのだろう。
 それは当然だ。何せ関われる量や濃度が全く違う。

 グループに居れば決定権がある訳も無いし、やりたい事もさせては貰えない。規模が大きくなれば尚更だ。

 歌やダンスに定評があっても全員それぞれでやる前は、ソロコンはれにちゃんだけ。歌のパートにしても、難しい所や要所は任せられるが多少多め程度の話で、あくまで目立つ場所はセンターの夏菜子だし、歌い方も好きには出来ない。

 曲作りなんて、ももクロの中だけではまずやらせては貰えなかっただろう。

 しかしソロをやり。マメで拘り強く粘り強く事にあたれるクリエイター気質、職人気質の彼女は、多くの経験を積めた。

 ブログも自然と多くの手間を掛けてるそちらの方が多くなるし、恐らくそれによる反感の声も彼女は知っていたと思う。
 それでも貫き通したのは、彼女なりの覚悟だろう。

 サイリウムの意味とは何なのだろう。

 自分は拍手や声援の変わりだと思っていた。

 タレント、アーティストに対して、そのパフォーマンスの邪魔にならず喜びや興奮を表す手段だと。

 それが禁止してないだろ?という何とも馬鹿げた子供じみた言い訳だけを糧に、デモのプラカードの様に使われた。

 実に情けない話だ。

 アイドルファンにありがち?な、金を掛けて応援したんだから、俺達の言う事を聞け。モノノフだけはそんなファンでは無いと自分は信じていた。

 だが、ただの想像だけであの始末だ。

 色々な人がいる。確かに当たり前の事だが、やはり自分はももクロファンではあっても、アイドルファンにはなれないのだと思ってしまった。
 個人的に言えば、杏果の声が大好きで、本人はコンプレックスでもあった様だけど、寧ろあの声が最大の強みだと思うんだけど、折角ブログ再開したのにネタが無くなりそうなのでwそれ意外に色々と考えてみた。

 あの声意外に一番に思い浮かんだのは、やっぱり様々な歌い分けが出来るって事だ。

 それは歌い手によっては善し悪しにもなり兼ねないが、彼女の声は特徴的だからこそ、様々な歌い方をしてもちゃんと一人の歌い手として成立してる様に思える。

 ヒカリの声などの様に、クリーンに伸びやかに歌う時。
 心の旋律などの様に、とても感情豊かにまるで自身の全てを絞り出すの様に歌う時。

 Another story等の様に、力強くぶつける様に歌う時。

 小さな勇気等の様に、噛み締める様に丁寧に歌う時。

 遠吠えの様に、ジャジーに色気を出して歌う時。
 愛されたくての様に、子供っぽくも可愛らしく歌う時。

 他にも裸、教育、travel fantasia、ハムスター等でも全然違ってみえる。

 もっと言えば、ももクロの時は他のメンバーとの差異を作って曲にインパクトや強弱を作る為か、時に過剰な位の歌い方を見せる時がある。

 正直、ソロ活動をするまではももクロの彼女が彼女の歌い方なのかと思った時もあったが、よくよく考えればフォーク村等では様々な歌い分けはしていたし、ももクロの曲の中でも然りだ。

 同じ曲の中ででさえ、ユニゾンの時は特徴的な彼女の声が解り難い事さえある。

 単純にボリュームを調整されてる事もあるだろうが、ももクロのセンターである夏菜子の声と間違えた事があり。ふと気付いた。

 もしかしたら、それが彼女の歌の強みなのかもしれない。
 常に出っ張ってしまう声ではグループには向かない。

 出る時のインパクトは勿論大事だが、時と場合で馴染む事も大事だ。

 あの五色や七色どころか、それ以上に歌い分ける彼女の力は、ももクロで培われソロとなって更に顕著に花開いたのかもしれない。

 だからこそココロノォトを聴いていて、一人の歌い手の一つのアルバムとして成立していながらも、飽きが来ない。
 幅広い曲のジャンルもそうだが、彼女が歌うと何を歌っても同じに聴こえるなんて事にはならない。

 聴けば聴く程、つくづく本当に贅沢なアルバムだなと感じた次第であります。
 これは全て憶測ですw

 可能性としては幾つか考えられる。

 この2年、ファンレベルで知れる事でさえ尋常では無い程の、杏果の負担。
 只でさえブログの内容が~等と五月蝿いモノノフも多く。ももクロとの両立の厳しさ。

 終わりというより休息に近い。自分が納得の出来る物を作る為の準備期間。
 終わりという表現は、彼女らしい?もうこんな事はやらせて貰えないというネガティブな発想ゆえの言葉。

 闘った大人達の意向。
 杏果は推されていない。この最近の事を見ると推されてみえるが、多くのプロに助けられて来たのは当然だが、彼女自身が多くの負担を背負い。演出から金銭的な事まで考え、正に彼女が座長となったからこそやらせて貰えてた。
 ただ元より優先するメンバーでは無く。それでも事務所側にも当然負担が多い為、期間限定で好きにやらせて貰えてた。


 他にもあるかもしれないし、上の物にしても細部に渡れば更に可能性の幅は広がるね。

 結論は、当然解らない。

 ただ彼女がソロ活動を望まないとも、これで満足したとは到底思えない。

 本人もアルバム発売前後のインタビューで、今後のソロ活動について、あくまでグループなのでももクロ優先とは言っていたが、ソロでも今度は小さなライヴハウスや路上ライヴをやってみたいと言っていた。

 ココロノセンリツは生バンドの生演奏に拘っている。
 それは本人も言っていた。

 だからこその終わりなのかもしれない。

 生演奏は金が掛かる。準備にしても演者の出演料にしても音響設備等にしても、手間暇もお金もカラオケとは非にならない程に大変だ。

 それでもバンドを組んでいるならまだ良いが、その都度、ミュージシャンを雇い。ライヴを開催して行くのはとても大変な事だ。

 彼等にも生活があり、スケジュールがある。それなりの人を雇おうと思えば尚更だ。
 しかしメンバーを変更し続けてたら、当然ながら一から覚え作り直す必要もある。

 もしかしたら彼女が彼女の意思でソロ活動をやり続ける為、彼女自身が更に楽器を身に付け。そして弾き語りや少ないバンドメンバーでも、ライヴを行える様になる為の準備期間なのかもしれない。

 事実は解らないが、少しでも早く。彼女のライヴ活動がまた再開される事を、心から願わずにはいられない。