高校時代、漢文は得意ではないけど
好きだった
朗読が好きで
音の響き、抑揚が、芸術だなと思っていた。
コピー機などがない時代
言葉は口頭で伝承されていたのだと思う
文学は音の響きやや語りが体にバイブするものではなかったか
意味がはっきりわからなくとも
うすぼんやりと解釈しながら
音読を通じて届いてくる風景や場面が
味わい深かった
点のとれなかった漢文だけど
朋有り遠方より来たる、亦た楽しからずや。
有朋自遠方来、不亦楽乎
本日の友達とのランチは
まさにこんな気持ちになった
なんなら、音読したいくらいだ
それぞれの人生を生きる中で、環境の違いで
少しばかり遠のいていた友達だったけど
子供のが手を離れて
また、自分らしく生きる年代を迎えて
やっぱり、この友達の
ここが好きだから
昔、友達になったんだなと再確認
語り合える
共感し合える
助け合える
慰め合える
受験勉強を一緒にしてきて
今、何にも役に立ってない二人だけども
そうやって乗り越えた人間性が
受験の醍醐味だとつくづく思う
わからなければ、自分で調べることとか
他人の目を気にしないこととか
好きなことを好きと言えることとか
そんなところが
オタクの気質満載で
気があったのかな
漢文に話を戻すけど
K-POP が好きになって
語学が役に立ったなと思う
少なくとも英語が少しわかるだけでも
世界が広がるから
別の言語を習得するのも
しやすいから
最近では、音楽を聴いても
すぐに何語かわからないことが多くて
それくらい言葉が私にとっては
重要ではなくて
音とメロディーが良ければ
何語でもいい自分がいる
意味がわかった方がもちろんいいのだけど
意味のわかる日本語の佳作より
意味のわからないけども
印象に残る外国語の秀作の方がはるかにいいから
意味がわからないのに
韓国語の歌ばかりよく聴くな
と、夫は憎まれ口叩くのだけど
あなたも英語もわかんないのに
いい歌だと アデルとか聴いてるの
意味わかんない
一緒じゃん?
そんな話を友達として
楽しいときを過ごした
J-POP に推しがいる彼女は
私に推しができたことに
それはそれは
大変喜んでくれた
わたしも嬉しかったし❤️
