こんにちはニコニコ

メダル村ですパー



毎週末、下町水路へハゼ釣りに行っているメダル村だが、私の初めての魚はハゼであった。


「釣りはフナに始まりフナに終わる」という。私の場合のフナとは、ハゼなのかも知れない。


ここで、初めての魚(ハゼ)のことを思い出してみたいと思う。





小学4年生の夏休み。叔父に連れられて東京湾へ釣行した。そのポイントは埋めたてられて、今はもう存在しない。


釣り場へ行く途中、釣具店に立ち寄った。そこで竿とリールがセットになった安価な釣道具を買ってもらった。


竿は1.6mぐらいの2本継ぎの万能投竿。リールはミッチェルのコピー品のようなチープなもの。カリカリと巻き上げ音がうるさいリールであった。


初めて手に入れた投竿とリール。そのデザインは、今でもはっきりと覚えている。


以前にも、親父に連れられて何度かフナ釣りへ釣行したことがあった。しかしながら、いずれの釣行もボウズであった。


釣り場に到着すると、叔父からリールの使い方を教わった。子供心ながら、リールを使う釣りが妙に大人っぽく感じた。周りの釣り人に対して、得意げにもなった。


初めての海釣り。そしてリール釣り。ワクワクしない訳がない。胸の高鳴りを抑えて、慎重に海へ仕掛けを下ろした。


しばらくすると、ハゼ特有のブルっとしたアタリが竿に伝わった。カリカリとリールを巻くと、14~15cmのハゼが釣れた。


手の中で踊る初めての魚。心臓がバクバクした。両手でしっかりとハゼを握りしめて、バケツの中へ放した。しばらく見惚れていた。


ノドがカラカラに渇きながらも、夕方まで釣りを続けた。真っ黒に日焼けして、合計3匹のハゼを釣った。


叔父の家に戻り、日焼けでヒリヒリしながら、風呂に浸かった。


風呂から上がると、叔母がハゼの唐揚げをこしらえていた。


扇風機の風に顔を近づけて、叔母の様子を眺めていた。この時代、叔父の家にクーラーはない。


叔母がプラッシーを冷蔵庫から出してくれた。この時代、プラッシーはどこの家庭にもあった。


叔父はナイター中継を見ながら、ハゼをつまみに晩酌を始めた。


叔父のタバコと蚊取り線香の煙が目にしみて、私は目を細めた。


昭和の時代の思い出だ。そして私の釣りの原点でもある。





少年時代の夏休みからの投稿