3.11 東日本大震災
地響きが鳴り響き横に縦に揺れる。
15854人もの尊い命が一瞬にして奪われました。
"わが子の遺体を探し求め…”
ふやけてグチャグチャになった欠損した遺体が、愛するわが子と認められることになりました。あまりの変わり果てた息子の姿に一気に悲しみが胸にこみ上げました。こんな悲惨な惨い姿になってしまったとは…。
ある自然災害で愛する"わが子"を失った遺族の方が寄せた手記の一文です。
なぜ私じゃなくサキを連れ去ったの…返して
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
灰色に染まり波打つ空。冷たい空気が喉に触れる。
灰色に染まり波打つ空。冷たい空気が喉に触れる。
滑らか空から仄かな光が差し込む
午後14時46分
地響きが鳴り響き横に縦に揺れる。
ゴゴゴゴゴォーーー‼️
ドォドォドォドォドォド❗️❗️❗️
大きく揺れる まるで飛行機が真横を通り過ぎたような音だ
余震、大地震と3度の津波
僕たちの街は跡形もなく消え去った。
15854人もの尊い命が一瞬にして奪われました。
3.11 東北大震災 福島第1原発 事故…
自然災害による世界最大にして最悪の地震・津波・原発災害。今日で9年目の春を迎えました。
事故当時、僕は大学入学前の18歳。リアルタイムでその様を肌で感じ鮮明に今でも覚えてます。
しかし、僕が社会人5年目に事故から8年何気なく見ていたYouTubeの一覧に当時の動画を目にした事で災害にまつわる様々な事を僕なりに調べた事がありました。
自然災害による世界最大にして最悪の地震・津波・原発災害。今日で9年目の春を迎えました。
事故当時、僕は大学入学前の18歳。リアルタイムでその様を肌で感じ鮮明に今でも覚えてます。
しかし、僕が社会人5年目に事故から8年何気なく見ていたYouTubeの一覧に当時の動画を目にした事で災害にまつわる様々な事を僕なりに調べた事がありました。
僕の動画を見てくれている方の中には
この事故を知らない方が沢山いらっしゃると思います。もしくは当時まだ生まれていなかった方もいらっしゃるでしょう。
今日は特にそんな方々にこの災害に触れて頂き、考えてもらいたい事があります。
“命”というものを
そして
“家族”というものを…。
この事故を知らない方が沢山いらっしゃると思います。もしくは当時まだ生まれていなかった方もいらっしゃるでしょう。
今日は特にそんな方々にこの災害に触れて頂き、考えてもらいたい事があります。
“命”というものを
そして
“家族”というものを…。
2011年3月11日 14時46分
例年変わらぬ肌寒さを感じる宮城県、気仙沼
そして卒業式を待ち望む多くの最終学年の生徒達がいた。
友達や愛する人、または家族を待たせている方もいたでしょう。もしくは何かに思いを馳せて日常を送っていた方もいたかもしれません。
それぞれがそれぞれの思いを抱えて…。
僕は当時野球場にいた。試合開始から約2時間
地震大国ではあるが誰しもがここまで大きな地震を経験しているわけではない。
その際に多くの死者、行方不明者、負傷者、避難難民、食料不足、資源不足が現地を襲っている。
はるか遠くで起きた地震により日本全土が揺れ響き様々なその空気感を感じただろう。
現場にいた市民の言葉を聞いた私は恐ろしく貴重な体験談だと思いました。
例年変わらぬ肌寒さを感じる宮城県、気仙沼
日中であるのにまだ肌寒く空では風花がゆらゆらと揺れながら太陽が傾きはじめようとしていた日昳の頃
鳥は羽ばたき動物たちの姿が見えない。しかし妙な静かさといつもと変わらぬ景色があった。それら以外何も変わりのない日常。。。
東北 宮城県 岩手県 福島県
4月の新年度を楽しみに待ち望む学生達。新年度を迎えようとする会社員。
東北 宮城県 岩手県 福島県
4月の新年度を楽しみに待ち望む学生達。新年度を迎えようとする会社員。
そして卒業式を待ち望む多くの最終学年の生徒達がいた。
友達や愛する人、または家族を待たせている方もいたでしょう。もしくは何かに思いを馳せて日常を送っていた方もいたかもしれません。
それぞれがそれぞれの思いを抱えて…。
僕は当時野球場にいた。試合開始から約2時間
、14時46分 大学でのOP戦
グランドで一番高いところ。そうマウンド上にいた。
試合も最終回に入り抑えとしてマウンドに上がった。1人目を三振で取り2人目を 2S 2B 1Oと追い込んで決め球を決めたその時でした。
“ゴゴゴゴゴゴゴォー”
"ウゥウゥウゥウゥウゥウゥ"
地鳴り、地響きと共に鳴りだす携帯の地震感知機能衝撃音、突如として緊急事態に陥ります。
『警告警告』
グランドで一番高いところ。そうマウンド上にいた。
試合も最終回に入り抑えとしてマウンドに上がった。1人目を三振で取り2人目を 2S 2B 1Oと追い込んで決め球を決めたその時でした。
“ゴゴゴゴゴゴゴォー”
"ウゥウゥウゥウゥウゥウゥ"
地鳴り、地響きと共に鳴りだす携帯の地震感知機能衝撃音、突如として緊急事態に陥ります。
『警告警告』
不音な音が鳴り響きその場にいた全員が異常と感じるほどの横揺れを感じ、ほどなくして縦揺れ、地面がまるで紙を折り曲げるようにうねり波を打つ。
それは過去の地震でもありえない光景だったのです。
それは過去の地震でもありえない光景だったのです。
試合は中断。即帰省を全選手に言い渡された。
この時点で既に関東の田舎でも停電などで町はパニック状態、電話やメールの通信機器も使えない。電車も運行停止。
テレビでは全局が地震についてのニュースしか流れてないなかなか見ない状況。
日本全ての交通機関がパニック状態。
この時点で既に関東の田舎でも停電などで町はパニック状態、電話やメールの通信機器も使えない。電車も運行停止。
テレビでは全局が地震についてのニュースしか流れてないなかなか見ない状況。
日本全ての交通機関がパニック状態。
地震大国ではあるが誰しもがここまで大きな地震を経験しているわけではない。
大きな地震と言えば阪神淡路大震災、新潟中越地震、十勝沖地震などがありました。
その際に多くの死者、行方不明者、負傷者、避難難民、食料不足、資源不足が現地を襲っている。
はるか遠くで起きた地震により日本全土が揺れ響き様々なその空気感を感じただろう。
その光景を被災地現場で目撃した際に一般の方が撮影された一枚です。
地震の揺れから津波の到着までの3分間
その緊迫した闘いを記録した動画視聴はYoutube等で皆さんも視聴する事ができます。しかし、メディアを通して世間の日の目を浴びるまでにあまりに長い年月がかかったのでした。
被災から9年経つ今年多くの事を知り気づかされました。あの地震での死亡者は少なく問題は地震直後の3度襲った津波の正体だったと。
その緊迫した闘いを記録した動画視聴はYoutube等で皆さんも視聴する事ができます。しかし、メディアを通して世間の日の目を浴びるまでにあまりに長い年月がかかったのでした。
被災から9年経つ今年多くの事を知り気づかされました。あの地震での死亡者は少なく問題は地震直後の3度襲った津波の正体だったと。
現場にいた市民の言葉を聞いた私は恐ろしく貴重な体験談だと思いました。
❸
“これはもう、だめかも”と
3波目の高さが20メートルの高さを遥かに超える跡が見つかっている。
地震から数週間経ったある日
新聞紙面遠藤さんの記事が取り上げられていました。
ご家族は『遺族』でもあり、被災者。その年の9月には結婚式をあげる予定だった。遠藤さんの幸せな時間も地震と共に去っていったのです。
震災から9年南三陸町では遠藤さんの声の形が今でも残る
"波が来たぞー”
ある人は『死』への恐怖と、『生』への望みと…
恐い
恐い
恐い
助けて
気もちが悪い
死にたくない
早くおさまれ
そしてある人は大切な『誰か』に向けて…
茫然としたお母さんの当時の記憶の中でただひとつだけ覚えていた事は
サキの棺が、あまりに軽かった事だそうです。
今日のブログの題名に使わせて頂いた
“灰かな光”
14時46分に揺れ始め、津波が来たのが3分後
南三陸町 天使の声
防災対策庁舎 防災無線により
『大津波警報が発令されました。高台に避難して下さい』
1人の女性の声がスピーカーを通して30分以上なり続けていたそうです。自分を犠牲にしてまで助けようと。。。
1人の女性の声がスピーカーを通して30分以上なり続けていたそうです。自分を犠牲にしてまで助けようと。。。
自分の身が危ない状況であるのに恐れず立ち向かった 遠藤さん (24)
それほどまでに津波は遠藤さんのいる庁舎まで迫っていました。
『もうダメだ。避難しよう。』上司の掛け声でやっと避難をした遠藤さんですが、
それほどまでに津波は遠藤さんのいる庁舎まで迫っていました。
『もうダメだ。避難しよう。』上司の掛け声でやっと避難をした遠藤さんですが、
帰らぬ人となってしまいました。
この時の様子を生存者の方はこう証言しています。
"あの無線の声がなかったら逃げ遅れてた"
"あの声がなかったら津波に気づかず飲まれてた"
"あの人がいなかったらどうなっていただろうか"
この時の様子を生存者の方はこう証言しています。
"あの無線の声がなかったら逃げ遅れてた"
"あの声がなかったら津波に気づかず飲まれてた"
"あの人がいなかったらどうなっていただろうか"
遠藤さんの無線での呼びかけがなければ2万人近くの人々が帰らぬ人になってたはずです。
津波の3波目が来た時きっと全員がこう思ったはずです
“これはもう、だめかも”と
3波目の高さが20メートルの高さを遥かに超える跡が見つかっている。
地震から数週間経ったある日
新聞紙面遠藤さんの記事が取り上げられていました。
ご家族は『遺族』でもあり、被災者。その年の9月には結婚式をあげる予定だった。遠藤さんの幸せな時間も地震と共に去っていったのです。
きっと他にいい方法があったのではないのかと…
ご家族もなぜうちの子が、と思ったのかもしれません。遠藤さんのお陰で生き延びた方もいるはずだ。
震災から9年南三陸町では遠藤さんの声の形が今でも残る
三陸町写真ビフォー
アフター
"波が来たぞー”
ある人は『死』への恐怖と、『生』への望みと…
恐い
恐い
恐い
助けて
気もちが悪い
死にたくない
早くおさまれ
そしてある人は大切な『誰か』に向けて…
ユリコ
亜生
菜々美
どうか仲良く
がんばって
ママをたすけて下さい
パパは本当に残念だ
きっと助かるまい
原因は分らない
今五分たった
どうか神様
たすけて下さい
きのうみんなと
食事をしたのは
最后とは
何か機内で
爆発したような形で
煙が出て
降下しだした
どこえどうなるのか
小太郎しっかりた(の)んだぞ
ママ
こんな事になるとは残念だ
さようなら
子供達の事をよろしくたのむ
今六時半だ
きっと誰か助けに来る
亜生
菜々美
どうか仲良く
がんばって
ママをたすけて下さい
パパは本当に残念だ
きっと助かるまい
原因は分らない
今五分たった
どうか神様
たすけて下さい
きのうみんなと
食事をしたのは
最后とは
何か機内で
爆発したような形で
煙が出て
降下しだした
どこえどうなるのか
小太郎しっかりた(の)んだぞ
ママ
こんな事になるとは残念だ
さようなら
子供達の事をよろしくたのむ
今六時半だ
きっと誰か助けに来る
もう少しだ! 頑張れ!
避難所の連絡ボードには多くの置き手紙が察知させられていた。
綾香どこにいる?000-000
サトシ今00-0000にいる!
待ってるから。
大蔵家集合 13日000体育館
健太郎
など。。。。
皆さんならどうでしょう
愛する大切な誰かを残して自らの『死』を意識した時
引き寄せてくる波の中、悲愴な時間の中や避難時でこのような言葉を遺せるでしょうか
こんな時に自分ではない他の誰かを、家族を思う行動を取れるでしょうか
きっと
いや、間違いなくこの方々だってほんの昨日まではごくごく平凡でありふれた普通の暮らしを家族と営んでいたのです。
そんな日々が『最期』だと悟った時
皆さんならどうする事ができるでしょうか
僕ならどうするのでしょう
正直
考えても考えても分からないんです。
自分をその立場に置き換えて考えようとしても、とても置き換える事が出来ません。
ただほんの少しだけ分かる事が
本当ならば自分が守らなくてはならない家族を残して逝ってしまう事への『無念』と
せめて最期に出来る事と思い、それを手紙として遺したのであろうという家族に対する『愛』
それだけは、痛いほどに伝わるんです。
15854名の犠牲者の中で
行方不明で身元確認のできない人たち3155名
愛する大切な誰かを残して自らの『死』を意識した時
引き寄せてくる波の中、悲愴な時間の中や避難時でこのような言葉を遺せるでしょうか
こんな時に自分ではない他の誰かを、家族を思う行動を取れるでしょうか
きっと
いや、間違いなくこの方々だってほんの昨日まではごくごく平凡でありふれた普通の暮らしを家族と営んでいたのです。
そんな日々が『最期』だと悟った時
皆さんならどうする事ができるでしょうか
僕ならどうするのでしょう
正直
考えても考えても分からないんです。
自分をその立場に置き換えて考えようとしても、とても置き換える事が出来ません。
ただほんの少しだけ分かる事が
本当ならば自分が守らなくてはならない家族を残して逝ってしまう事への『無念』と
せめて最期に出来る事と思い、それを手紙として遺したのであろうという家族に対する『愛』
それだけは、痛いほどに伝わるんです。
15854名の犠牲者の中で
行方不明で身元確認のできない人たち3155名
波に飲まれた町
岩手県 陸前高田市
宮城県 石巻市
宮城県 気仙沼市
宮城県 多賀城市
宮城県 南三陸町
宮崎県 塩竈市
福島県 相馬市
福島県 いわき市
岩手県 大船渡市
岩手県 宮古市
岩手県 釜石市
とある母
“自分がこの時何をしていたのか覚えていない”茫然としたお母さんの当時の記憶の中でただひとつだけ覚えていた事は
サキの棺が、あまりに軽かった事だそうです。
今日のブログの題名に使わせて頂いた
“灰かな光”
14時46分に揺れ始め、津波が来たのが3分後
一日雪が降ったり止んだりし風花もふいて見えていたであろう最期の景色が
夕闇迫る“灰色”だったところからきているそうです。
この震災については未だに再調査を求める声が少なくありません。迅速な救助があったかどうかという問題、ここではその説明を省略させて頂きますが
震災から9年という歳月が経とうとも、ご遺族の方々の故人を思う気持ちは変わらないのです。
だからこそ、この震災をより多くの人に知ってもらうことこそがご遺族の方々の尊い犠牲者の御霊への報いになるのだと思います。
東北大震災の時刻である今この時
ご遺族の方々によって静かな祈りに包まれます。
夕闇迫る“灰色”だったところからきているそうです。
この震災については未だに再調査を求める声が少なくありません。迅速な救助があったかどうかという問題、ここではその説明を省略させて頂きますが
震災から9年という歳月が経とうとも、ご遺族の方々の故人を思う気持ちは変わらないのです。
だからこそ、この震災をより多くの人に知ってもらうことこそがご遺族の方々の尊い犠牲者の御霊への報いになるのだと思います。
東北大震災の時刻である今この時
ご遺族の方々によって静かな祈りに包まれます。
死者90%が溺死
死者15854人 行方不明3155 負傷者26992
避難者数47万人
全壊129107 半壊254139
床下浸水1550
ご冥福をお祈りします。





