もう一年が経とうとしてます。あれは去年の8月のことでした。バイトが終わって携帯を見ると母から着信と一通のメール。
「○○君が亡くなった。」
頭が全然働いてないかと思った。目は文字を追ってるんだけど、頭がついてかない。いや、理解したくなかったのかも。これはウソじゃなくて頭がメールの意味を理解した瞬間にその友達との思いでが走馬灯のように頭を駆け抜けたのを今でもはっきりと覚えてる。
僕は転勤族なので3,4回引っ越しをした。彼は小学校の友達で僕は小1~小5まで彼と同じ学校に通い、同じボールを蹴った。住み慣れた街を小学校入学前に引っ越したので正直友達ができるか不安だった。初めての引っ越し、見慣れぬ風景、全てが不安だった。でも、そんなものは休み時間や昼休みのサッカーが消し去ってくれた。サッカーをやれば友達はできたし、仲の良い友達もたくさんいた。僕のサッカーを始めたきっかけの場所だった。多分ここでサッカーして遊んでなければサッカーは無縁なものだったかもしれない。小3から小学校のサッカー部に入ることができるようになるので、小3になると同時に入った。仲のいい友達も皆入部した。授業が終わると亡くなった彼のおやじさんも自営業なのに仕事を休んで一緒にサッカーの練習をした。そんな彼のおやじさんが大好きだった。本当に居心地がよかったし、何より楽しかった。小4から引っ越すまでキャプテンも任された。そして市の大会も優勝した。
小6になる前に僕が引っ越すこととなった。このメンバーとやる最後の試合。彼のおやじさんがわざわざキャプテンマークを買ってきてくれて僕に巻いてくれた。部員だけじゃなく、保護者にもキャプテンとして認められたような気がした。その試合は負けてしまったけど、彼らとサッカーをやれた3年間ですごく充実していた。
大人になってまた全員で楽しくボール蹴ることを信じていた。絶対そうなると思ってた。だって、俺はあんなに楽しかった日々はなかったし、こんなにも早く別れが来るなんて思ってもみなかった。
それから10年
まさか久しぶりに聞く友の名が悲報の知らせだなんてそりゃないよ。葬式は行かなかった。現実から逃げたんだよね。信じたくないのをいいことに今神戸だからとかバイトのシフト変わってもらえなかったとか言い訳ばっかつけて逃げたんだ。今ならそう思うし、思える。これが後々堪えた。
あれだけ楽しい毎日を一緒に過ごした友達の葬式も行かずに俺は彼のことを友達って呼べるのかって自問自答を繰り返す毎日。なんで行かなかったんだろう。そんなことばかり考え、思いつめた。あのときは本当に精神的にまいってた。普段、悩む性格じゃないから悩み方、その解消方法がわからないんだよね。
そして、年が明ける前に彼に謝りいこうと決心。クリスマスを過ぎたあたりに行った。ここで心配事があった。1つは彼のおやじさんが10年ぶりに俺を見てわかってくれるか。2つ目はしょうもないけど、怒られないか。これが一番怖かった。殴られてもいいからちゃんと葬式に行かんくてごめんと謝るつもりだった。
彼の家の前に着くと、心臓がバクバクだった。なんせ10年振り。忘れられても不思議じゃない。チャイムを押すとおばあさんが出てきた。初めてお会いしたのできちんと説明をすると、快く家にあげてくれた。そしておやじさんは自営業をしているので呼んでくれることに。あのときの緊張はすごかった。どんなにかわいい女の子を前にしてもあれほど緊張することはないと思う(-_-;)笑
ガタッ
横の扉が開いた。そこにはおやじさんがいた。まさか僕が何も言わずともわかってくれるとは思わなかった。すぐに葬式に行かなかったことを謝った。おやじさんはそれには返事を返してはくれなかったけど、こう言ってくれた。
よく来てくれたな、ありがとう
なんだろう、今まで悩んでたことが一気に吹き飛んだ気がした。僕はこの一言が聞きたかったのかもしれないし、あの一言にすごい救われた。まだ納骨はされてなかった。おやじさん曰く、まだ信じられないらしい。現場の状況も詳しくは聞いてないと言っていた。なんかすごい胸にグサグサ突き刺さった。言葉がリアルだったっていうか、なんていうか。すごく疲れているような表情だった。ストレスで一時期かなり太ったこともあったと言っていた。昔のハツラツとしたおっちゃんじゃなかった。
飯を一緒に食べに行った。
昔話をした。
そして別れた。
空気が澄んでいた。
*長文・駄文にお付き合いありがとうございました。最後かっこつけて終わったのはうまくまとめる術をしらないからです(-_-;)笑
「○○君が亡くなった。」
頭が全然働いてないかと思った。目は文字を追ってるんだけど、頭がついてかない。いや、理解したくなかったのかも。これはウソじゃなくて頭がメールの意味を理解した瞬間にその友達との思いでが走馬灯のように頭を駆け抜けたのを今でもはっきりと覚えてる。
僕は転勤族なので3,4回引っ越しをした。彼は小学校の友達で僕は小1~小5まで彼と同じ学校に通い、同じボールを蹴った。住み慣れた街を小学校入学前に引っ越したので正直友達ができるか不安だった。初めての引っ越し、見慣れぬ風景、全てが不安だった。でも、そんなものは休み時間や昼休みのサッカーが消し去ってくれた。サッカーをやれば友達はできたし、仲の良い友達もたくさんいた。僕のサッカーを始めたきっかけの場所だった。多分ここでサッカーして遊んでなければサッカーは無縁なものだったかもしれない。小3から小学校のサッカー部に入ることができるようになるので、小3になると同時に入った。仲のいい友達も皆入部した。授業が終わると亡くなった彼のおやじさんも自営業なのに仕事を休んで一緒にサッカーの練習をした。そんな彼のおやじさんが大好きだった。本当に居心地がよかったし、何より楽しかった。小4から引っ越すまでキャプテンも任された。そして市の大会も優勝した。
小6になる前に僕が引っ越すこととなった。このメンバーとやる最後の試合。彼のおやじさんがわざわざキャプテンマークを買ってきてくれて僕に巻いてくれた。部員だけじゃなく、保護者にもキャプテンとして認められたような気がした。その試合は負けてしまったけど、彼らとサッカーをやれた3年間ですごく充実していた。
大人になってまた全員で楽しくボール蹴ることを信じていた。絶対そうなると思ってた。だって、俺はあんなに楽しかった日々はなかったし、こんなにも早く別れが来るなんて思ってもみなかった。
それから10年
まさか久しぶりに聞く友の名が悲報の知らせだなんてそりゃないよ。葬式は行かなかった。現実から逃げたんだよね。信じたくないのをいいことに今神戸だからとかバイトのシフト変わってもらえなかったとか言い訳ばっかつけて逃げたんだ。今ならそう思うし、思える。これが後々堪えた。
あれだけ楽しい毎日を一緒に過ごした友達の葬式も行かずに俺は彼のことを友達って呼べるのかって自問自答を繰り返す毎日。なんで行かなかったんだろう。そんなことばかり考え、思いつめた。あのときは本当に精神的にまいってた。普段、悩む性格じゃないから悩み方、その解消方法がわからないんだよね。
そして、年が明ける前に彼に謝りいこうと決心。クリスマスを過ぎたあたりに行った。ここで心配事があった。1つは彼のおやじさんが10年ぶりに俺を見てわかってくれるか。2つ目はしょうもないけど、怒られないか。これが一番怖かった。殴られてもいいからちゃんと葬式に行かんくてごめんと謝るつもりだった。
彼の家の前に着くと、心臓がバクバクだった。なんせ10年振り。忘れられても不思議じゃない。チャイムを押すとおばあさんが出てきた。初めてお会いしたのできちんと説明をすると、快く家にあげてくれた。そしておやじさんは自営業をしているので呼んでくれることに。あのときの緊張はすごかった。どんなにかわいい女の子を前にしてもあれほど緊張することはないと思う(-_-;)笑
ガタッ
横の扉が開いた。そこにはおやじさんがいた。まさか僕が何も言わずともわかってくれるとは思わなかった。すぐに葬式に行かなかったことを謝った。おやじさんはそれには返事を返してはくれなかったけど、こう言ってくれた。
よく来てくれたな、ありがとう
なんだろう、今まで悩んでたことが一気に吹き飛んだ気がした。僕はこの一言が聞きたかったのかもしれないし、あの一言にすごい救われた。まだ納骨はされてなかった。おやじさん曰く、まだ信じられないらしい。現場の状況も詳しくは聞いてないと言っていた。なんかすごい胸にグサグサ突き刺さった。言葉がリアルだったっていうか、なんていうか。すごく疲れているような表情だった。ストレスで一時期かなり太ったこともあったと言っていた。昔のハツラツとしたおっちゃんじゃなかった。
飯を一緒に食べに行った。
昔話をした。
そして別れた。
空気が澄んでいた。
*長文・駄文にお付き合いありがとうございました。最後かっこつけて終わったのはうまくまとめる術をしらないからです(-_-;)笑