記憶の記録

記憶の記録

母に認知症の兆し。遠距離介護、模索中



気が付けば前回の記録から1年が過ぎている・・・

早すぎやしないか

 

この1年での母、

父の相変わらずの手厚いフォローと

地元の友人の協力のもと週2回作業所で人と接する機会に恵まれたおかげで

有難いことに去年より状態が良い感じがします。

今のところまだ認知症初期段階

薬の服用なし。

感謝感謝です。

 

しかし

3分前の会話は覚えてないし

次何するかいちいち確認してくるし

何度もカギをかけたか見に行くし

食べたもの忘れるし

嘘の報告ばかりするので

真に受けて話していると全部違うし

ズッコケることばかりだけど

父と母が大喧嘩したり大笑いしながら過ごしているようなので

この日常が少しでも長く続いくくれることを祈ります。

 

 

 

 

三寒四温

 

暖かくなったかと思いきや急に冷え込むこの時期

体調管理も気持ちの管理も不安定になりがちな気がします。

人間も自然の一部なんだなぁと実感する春

 

母の異変も1年前の春先におこりはじめた。

今思うと、食欲ががくんと落ちて無気力になり

目の力が抜けたような感じがした。と父。

体重も減ってこれはいかん!と

あの手この手で食べさせたと。

 

生きることは食べること

 

本当この言葉通りだった。

 

父のサポートのおかげで少しずつ体重も戻り

夏前には元気に復活してきたわけですが

ちゃんと食べる事は大事ですね。

 

ちなみに74歳の母

「医者に払うお金があるくらいだったら

美味しいもの食べたい」が口癖

病気知らずの元気印なんです。体は。

健康診断でもコレストロール値がちょっと高い?

くらいだそう。

 

食卓に並ぶのは季節の野菜、お肉、魚、を

あまり凝った味付けをせずシンプルな食事で。

外食はお腹を壊すからとあまり好まず。

 

子どもの頃はうちのご飯は味が薄いなぁとか

友達の家みたいに

家族でファミレス行きたいなぁとか

思っていたけれど、今となると

私の丈夫な体は母の料理からできているんだな

と感謝・感謝なのです。

 

 

 

 

 

 



仕事中に母から電話

「あなた、お父さんと何か話した?様子がおかしいのよ」

 

???

 

「私が上京することを辞めさせようとしてる?

なんかおかしい。勝手にコソコソ。

あなたと喋ったって言ってたけど」

 

???

急に言われて頭が回らない。

ん~???お土産のお菓子の話はしたけど何のことだろう?

 

「認知症、認知症って決めつけて言うけど私は認知症ではないから!

検査してちゃんと違うと言われてる!!」

 

・・・

 

「お父さんは一人で上京するつもりだね。

私は邪魔なんだ。この結婚は間違いだったんだ」

 

パニクってる母にかける言葉が見当たらず

私の口から出た言葉

「そんなことないと思うよ。気のせいじゃない?」

 

っていうか仕事中でして

私も頭の中が違う次元に飛んでいて

戸惑っていたら 母、

「ごめん。ごめん。仕事中よね。切るね」ガチャリ

 

うーーーーん。

母の事、どう理解したらよいのか。

いや、理解できない・・・。

 

私の予想では

父が何かしらの指示を慌てて電話で伝えてきた

母がその内容を理解できなかった

私と喋ったということに引っかかって

勝手に電話してるとか

私は邪魔なんだとか被害妄想爆裂した

 

ってことかな。

 

 


 

・・・思い出した

あるイベントの招待状が届いたのに対し

その返信ハガキは出すのか?と父から電話があったんだった。

 

返事はしてあるのでお父さん・お母さんは出さなくていいよ

 

と答えたら「しまった!お母さんが葉書出すかもしれない」と慌ててたわ。

あ~なるほど。その事ね。

 

仕事が終わって夕方、実家に電話かけなおしたら

元気~??とケラケラ話してくる母。

ご機嫌治ってた。

 

何でもないことで騒ぐのはお家芸。

は~しんど真顔

 

前回と真反対↓

 『俺の大切な妻』父の誕生日に次女がお祝いメッセージを送った 「いつまでもおばあちゃんと仲良く 元気でいてください」 父(じいじ)の返信「俺の大切な大切な ばあばとずっと仲良く…リンクameblo.jp


 

 

 

 




父の誕生日に次女がお祝いメッセージを送った


 

「いつまでもおばあちゃんと仲良く

 元気でいてください」

 

父(じいじ)の返信

「俺の大切な大切な ばあばとずっと仲良く元気でいるよ」

 

と返信あり。

 

74歳になっても

俺の大切な大切な妻

と、孫に言える父。アッパレ!

素敵です。尊敬・・・

ばあば(母)は幸せ者だよ。

 

 

私が小学生の頃、友達が家に遊びに来て

父と母がキャッキャ♡と笑いながら会話している姿を見て

お父さんとお母さん、仲いいねぇ。と言われたことがある。

仲が良い分、喧嘩も激しかったけどね。

感情と感情のぶつかり合い

 

娘の私からすると、もうこんな家は嫌だと思っていた思春期

早く穏やかな自分の居場所を持ちたかった。


父と母は2人きりだと仲良くて

娘が絡むと喧嘩してるイメージ。

(母が父にやきもちを焼く)

親になってから

母の気持ちも少しわかる

お父さんにばっかり信頼が向かうと

カチンとくるよね〜笑


それにしても!!

母は世界一幸せ者だよね。


 

 

 

 

 





父は田舎で生まれ、

貧しい育ちをしたため

自分の事は一通り自分でできる、生きる力が強い。

子ども時代は

海で魚を槍で突いてとってた。

素潜りでタコもゲット。

鶏もさばくし

畑仕事から料理・洗濯・大工仕事(家の修繕)

なんでもお任せ。

今は母の散髪もやっているらしい。

 

学校も中学しか出ていないけれど

もともと勉強は好きだったらしく、

私の大学進学と同時に夜間高校に入学し

高卒の資格を取得した頑張り屋さん。

 

そんな父をすごいなぁと感心する反面

何かにつけて

「お金がないから。俺の給料が安いから」

「中卒で学歴もないから」

と、卑屈になる。これが父の捨て台詞。

 

母方の兄弟がそれぞれ

国家公務員、大手企業のサラリーマン

だったので結婚してからも親戚から

比較され下に見られていたと思う

(私も幼心に感じていた)

 

とても苦労してきているのは事実ですが

お金がない中でも色々な体験はさせてくれたし

いつも笑っている父と母は面白かった。

 

今や見下していた(と感じていた)

親戚たちはそれぞれ大きな問題を抱え、

はたから見てても大変そう


人生を長い目で見て

お金より大切な事、お父さんから学んだよ

だからお父さんも執着を手放せるといいなぁ…



実家の事は父の理解を得てから

母に話した方が物事がスムーズに動く。ので、

どうしても母のいないところで父と話を(打合せ)することがある

 

そうすると、父が母と話をする中で

なんでそれを父が知っているのか?

なんで勝手に決めるのか??

と口論になるらしい。

 

そして捨て台詞

「どうせ私なんかいなくなればいいんだ」

と、泣きわめくらしい。

 

困ったもんだよ~と、父。

 

そうなんです。

娘の私が言うのもなんですが

母は自己肯定感が低い。

そして見栄っ張り。

 

常に周りの目を気にして行動するし

人にどう思われるかが1番大事なんだよ!と、母から

言われて育った私も、自己肯定感低いです・・・真顔

 

育ちって大事

 

私は娘たちを自分と同じように育てたくなくて

真逆に言って聞かせてきたため(自己との闘い、葛藤の連続の子育てだったなぁ)

娘たちは自分を信じる力がある。羨ましいくらい。

 

そんな娘たちが私の誇りです。

 

 



春の上京に向けて、実家との連絡がいつもより密になる。

ふとした会話から普段の父と母の様子が聞けて

現状を知る。

 

母は仕事もやめて趣味の大正琴も月に2回と減り

家でぼーっとしているか、TVを見ている時間が長くなったとの事。

有り難いのが、朝夕の散歩。

 

朝は父と二人で

夕方は近所の方々と

散歩をするのが日課らしい。

 

そして仕事に追われて忙しい(人手不足のため)

父の帰りを待つ日々。

少しでも時間が遅くなると、電話がかかってきたり

帰って来るなり激怒したり

まいっちゃうよなぁと父。

 

日によって穏やかに待っている日もあるらしいので

気分の波にもよるのかな(元々感情の起伏の激しい母ですが)

 

父曰く、

そうなることはわかってるし、覚悟している。

お母さんを介護するのが自分の使命だと思ってるから

まだまだ大丈夫なんだけどさ~

との事。

 

そのスタンスで、祖父の事も看取った父(母のお父さん・父から見ると義父)

でも、それを俺がやったとはアピールしない。

父の事を心から尊敬する点です。

 

父は愛の人だ。

 

 

 



身体は元気な母ですが

確実に会話が混乱するようになった。

 

3月下旬に2泊3日で上京することになり

電話口で大喜びの母。

孫に会えることが喜びのひとつ。

なかでも甥っ子とは4~5年ぶりの再会。

ワクワクとうずうずした気持ちが電話口からも伝わる。

 

で、1日目はうちに泊まって2日目に孫たちとお出かけしようね。

 

母「うんうん」

 

楽しみだねぇ

 

母「楽しんでね~」

 

???え??

 

母「え??誰が行くの??」

 

お母さんだよ指差し

 

母「あぁ、私か。どこに行くの??」

 

孫(甥っ子)のところ

 

母「いつ???」

 

・・・・

 


コントかな?泣き笑い

空にもえ?って書いてある(写真)



気が付けば半年ぶりのブログになりました。

父も母も元気です。

母の12月の脳検査では少し悪くなっているけれど

まだ認知症疑いの段階を超えないとの事。

 

私自身、

母が心配、父が心配と思いすぎて

気疲れしてしまいました。

2人が健康であること、

遠距離介護で程よい距離感である事に

感謝を忘れず

2024年も関わっていこうと思います。

 

 

 



暑い暑い毎日ですが、母も父も元気そうで何より。


家の壁塗りと瓦の補修が終わったと嬉しそうです。

 

私はというと、

ひょんなことから占いを受けてきました。

 

色々なことを話した中で妙に胸に残った言葉

「2025年までに気になることは問題が小さいうちに片付けておいた方がよいですよ」

今、気になっている事を放置していたら2025年に大問題になってふりかかる・・・・との事。

 

こっわ~(泣)

一番最初に頭に浮かんだことが、実家の事。

片付けもそうだし、

お金の事、

老後の希望

なにひとつ具体的に聞けていないから。

(父と母に話を振ってもはぐらされてきた)

 

その次に浮かんだのが妹との関係

母の認知症疑いが発覚して

話合いをしようと試みたけど

妹自身が家事育児で余裕なく、

話し合いにならなず。

妹の上から目線の物言いに、心折れてしまい

距離を置いてしまっている現実

 

ちょっとずつ聞き出す。

ちょっとずつ歩み寄る…しかないのかな。

 

それか

私自身が2025年までしか持たない?!

…としたら、幸せな人生でした。

感謝の気持ちで幕を閉じたいな。


できることならば娘2人の孫まで会ってみたいけど

もし、私が先に逝くことになったら

子、孫、ひ孫その先見守れる子孫まで守ってあげたい。

 

・・・なんて気持ちになるのは

もうすぐお盆が近いからでしょうか。