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徳さんのひとりごと 『ぶつぶつ』

夢の中で 頭に浮かぶ言葉 あそび

今月は 良く動いている方か 週に2回も ガソリン補給

先週は 11月11日 雨の中 夕方より 京都伏見へ 

叔父さんのシャンソンを聞きに 83才とは思えない声量でした

この叔父さんは 私の母方の親戚になります 伏見で代々続く紙問屋

お店は 龍馬通りにあり [南條良夫]さんです 

私も余り詳しくは聞いていないのですが 何せ ずーと過去を遡らないといけませんから 詳しくは解りません


昨日は 墓参りとちょろちょろと動き回っています

 

本当は 明日も 神戸のクラブの集まりではあるが チョット 出費がきつ

いので 止めとこう どうせ もう 何年も参加していない 何時からだろう

ジムニーに乗り始めてからの参加は 昔に比べると 少なくなった

 

何か原因がある やはり 仕事だろう そうして 歳を取って来たと言う所も 何かにつけて 邪魔くさくなっている ところも 何でも揃えないと 気がすまない性格で あればこそ もっと 動作を機敏に 行けばいいが やはり 何かに付けて 話す相手を探さないといけな時期に来ているかと思うが 回りでは もう 遅い 今では 高齢でも結婚している人々も居られるし まだまだ さあ がんばって 仕事しましょう


雨の中へ 買い物へ 長靴履いて ジムニーにも 給油して 行くぞ


ペタしてね




 



でも 伏見の町は 街灯が少なく暗く 道も細い ジムニーでよかった

昨日は 午後4時前に 突然の雨 あれは 嵐だ すぐに止んでよかったけど 帰りも 高架の下でも 風の勢いは止まらず 車が揺れていました

なんせ 軽いもので まして 天井は 幌ですから うるさい事 まあ 車検も無事に終了して クラッチの調整で 当りが 良くなり 4速からの伸びが 戻ってきたのがうれしい パットも交換してもらいました 締めて8万に少しお釣りです まあ 安いか高いかは 別として これからも長い付き合いの車屋さんです この車屋さんの近辺が今新聞を賑すマンションの側 嘆いておられました 仕事にならないて まだまだ 死人が出そうな雰囲気です あーこわ くわばら くわばらです


今日の朝は 早起きで 歩き出すとすぐに雨模様


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六甲山に 雨雲です 仕方が無いので 昼からの散歩に 少し長めに歩いてきました


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これぐらい 晴れてくれないと でも 風はきつい

公園の中を歩くと [表現]木漏れ日 優しい午後の光り 円卓を囲む

うん~と [表現]が もっと湧けばいいが出てこない 無い知恵は絞り出せないか 


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あっちこっちに 目で追い 早い季節の変わり方を 楽しんでおります

この通りは 銀杏並木 川を挟んで 向かえは アメリカ杉の通りです


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この細さで バスの道 もっと広い道も有るのですが 団地周回をしています でも 人乗っていないね 反対側は こんな感じです


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いつも 散歩のときは この通りの反対側


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こんな感じになります 1本の道に・・・


花の写真でも入れますか なんていう花ですかね


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茎を見ると 竹のような成っているが 名前が判りません


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名前の判らんのが続々と出てきますね 植木鉢に何か有ったのですが 忘れたのもあります やはり 紙と鉛筆も 一緒に持たないといけないですかね また 荷物が 増えますね 散歩 どころでは なくなるかな ヤッパリ しっかりしたリュックに 決まりでしょう チョットした移動用にはみんな苦労しているのではと思います 

もう いい時間と成りました では 次の機会を大切に 文章でも考えますか 写真も撮らんといかんし 違う場面も欲しいので では 此の辺で 幕を閉じましょう おやすみなさい

 


ペタしてね  







庭の菊 


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手前にあった 鉢植えを少し整理をして 見栄えが少し良くなった

菊にも 色の違いが余りにも多く 見ているだけでも 楽しくなる


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茎が長く 花が先端に付く菊は だらしなく見えるので 9月位に一度切り揃えるといい感じで育つらしいが 場所にも選るのだろうか やはり 太陽の光を受けようと 身体を伸ばして育っているようだ 


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これは 花びらが多い


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最初の写真の花と 少し色が違う


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フェンス沿いは これからです


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大きな岩を はさんで 咲き誇っています


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さあ 続きの花を探しに行きますか


ペタしてね  

子供の頃から 住んでいる町は 日に日に新しい町並みと成り

昔 この海岸では 海水浴ができた時代が有り その前には 

水族園も有ったと言う土地柄 今では 企業の社宅・研修所が減り

高層マンションと戸建住宅の集まりとかしている 

私の地区は ある大手の建築会社が 昔[昭和7年]に 分譲を開始した土地の上に立っている 1区画の大きさが 非常に大きく 企業の保養地としても有名であった だが 海水浴が出来なくなると 途端に錆びれ静かな町並みとかしていった 私がまだ小学生の時代には 立ち入り禁止の建物が多く 特に アメリカが保有していた施設の跡がいっぱいであった 私は今住んでいるところの過去は余り知らないが 20年位前に 近所のお爺さんから聞くと 表通りには川が流れいたり 私の住んでいるところは 海の中であったようだ その川を埋め 道路として 線路を付け 海岸線まで引いていたらしい だから 長い間 海岸線の道路は 私有地であった 

今 この土地の上に 家を建てると 坪30から35で 4件の家か 3件の家が建つようだ 昭和の時代では 10件は建つとも言われていたが まだその時代の家も有るようだ 平成7「1995」年 17年前に 地震が有り 津波こそ来なかったが 多くの企業の保養所と研修所が 姿を変えてきている そう言えば 競輪場も有った 教習場も 動物園も 大型プールも 全部取り壊し ショッピングモールとマンション・住宅と変わりつつある町並みです 後 屋外プールでも出来ればいいのだが 

町並みの保存と言うことで 市が調査に 10年以上前に調査した住宅は もう今は殆どない 経済の不安定さと老齢化に伴い 土地から人々の入れ替えが激しく 新しく来られて方とのふれあいが少なく成ったようだ 

子供が居れば 運動会や学校行事などで 集う事も有るが ひとたび 家を買い生活をしていく上で 金銭的にも苦労をしてくれば 生活の場は ただの寝るところとかし 集いにも身が入らなくなっていく そして 地域から遠のいた生活と成る これが現実だろう


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高層住宅と旧団地の一部 

ここには 4棟が残っていたが 取り壊しが始まった 道路を挟んで 向かえ側も 取り壊しの準備がすすでいる ここには 数十棟の団地群である やはり長年育てた木々は一箇所に集め 次の世代の建物との優遇を目指して残しているが 伐り倒されたところの方が多い 


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写真左側は フェンスに囲われ この歩道のように 街路樹が季節を伝えていたが今はもうない 


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所々に 工事の進行具合を見せる解放区が在る ほんの数年前まで 人々が生活をしていた所 廃墟である 事故無く工事が順調に進めばいいのだが また時どき 写真に収めて行きましょう


町の広報誌に詳しく書き込まれていたので 見てみよう

[宮っこ]11・12号 コミュニティなるおの中から 年代別に

明治41[1908]年の馬券禁止令で休場していた鳴尾競馬場の敷地を利用して 明治44年に 飛行大会が開催された 

大正5[1916]年 阪神電鉄が 休業していた鳴尾競馬場を借り トラックの内側に 運動場を作りた 現在の甲子園球場が出来るまでの間 大正12[1923]年第3回から9回までの全国中学野球大会[高校野球]を開催していた 

昭和3[1928]年 昭和天皇即位記念行事 [阪神大博覧会]開催

昭和4[1929]年 浜甲子園海水浴場海開き 甲子園娯楽場がオープン

父や母が生まれた頃の話です まだ 先は長い

昭和7「1932」年 娯楽場の名称が 浜甲子園阪神パークとなる

昭和9年 室戸台風で被害を受け 営業休止に 翌10年再開 また11年には 日本初のゴンドウ鯨の飼育に成功して 話題を集めました

太平洋戦争の影響で 昭和18[1943]年 鳴尾競馬場・浜甲子園阪神パークなどの敷地一帯は 海軍に接収されました 競馬場は 海軍鳴尾飛行場と成り 競馬場の台替地が 現在の阪神競馬場です 重賞競走[鳴尾記念]は 鳴尾競馬場にちなんでいます

終戦後すぐに 鳴尾飛行場一帯は 進駐軍のキャンプ地となり 一帯が摂取解除となって国に返還されたのが 昭和32[1957]年 同34年には 土地の大部分を西宮市と日本住宅公団が取得 一部が 武庫川学院 阪神電鉄 新明和工業に払い下げられた

昭和35年市営住宅[420戸]の建設 住宅公団の団地建設150棟

昭和37年から入居開始された 現在は 老朽化に伴い立替が進行中である これが 私の住む町の半部である 

私が住み始めたのは 昭和32年に 甲子園三番町の方から引っ越してきた 周りには 塀じゃなく 生垣が多く 裏の住宅では 大きな池が有った 縄を掘ると海水が湧き 穴掘り禁止であった 何せ砂の上に建っているといわれていたし 台風の影響もあったので 最初の住宅は 盛り土で高さを稼いであった 今では 道路とも水平に近いが 砂の上に立っているのには変わりはない 

海からも 近いので 最後には 海水が上がっていたが 井戸のある家も多く もう使えないと嘆いていたのが印象的である 

私が 10歳を迎える頃には 海水浴が出来なくなり 変わりに 大きなプールが出来始めた 戦後 進駐軍が この一帯に スポーツ施設を立て その名残が多く残っていた 私の家の側では 海水プール 今 甲子園テニスセンターには 真水のプールなどとサッカー場やラクビー場とかあったようだが その建物も 立ち入り禁止で 良く冒険と称して入った思いでもある 真水のプールは 小学・中学生は入れなかった 脚はとどかずとても冷たい事で知られていた 海水プールの横では 釣り堀場があった 良く遊びに入っていた 現在の高校野球の駐車場です

 

小学校時代は 団地じゃなく 一般の住居がある[南甲子園地区] 

浜甲子園地区で 中学校は 横並びの小学校が三校で一つの中学校と成っていた 中学時代が 今はいい思い出の一つとなり 何年かに一度の同窓会を行なっている 450名の卒業生のうち 約100名に連絡が取れ 次なるときは 60歳の時に会おうと話し合っているしだいだ

 

高校は 男子校 今では 小学校を除く 幼稚園から大学まで揃っている


大学は 現在も多くの学生を抱え 亀岡市にある大学 ここでは 最終学生時代をすごしてので 友人の数も多い ここへは 甲子園から亀岡まで通学をしていた 電車を乗り継ぎ 阪神は ほぼ始発で まだ国鉄の時代山陰線で 出雲市行きの普通に乗り 亀岡で下車である 急行は止まりません 各駅停車の旅を日常的に行なっておりました 片道3時間位 車で行くような成ったのは 最後の一年半位です 

昭和48[1973]年頃の亀岡では 池田亀岡線[423号]摂丹街道余り信号機も無く細い道で ダンプなどとのすれ違いが怖い道路では有った いまだは殆ど通ることはなくなったが あの時代には この道一筋であった 学校の前に通じるこの街道には 山から下りると 穴太寺[小学校前]の信号機まで信号は無く 次は 国道9号線まで 何もない一本道であった 歴史の多い町です 

チョット それた では 私の町へと 戻りますか

一言で 甲子園といっても 甲子園の上や下に言葉が付くと 違う場所へと移動される 多方面に行き 甲子園に住んでいるというと 球場の近くかと聞かれる節がある うなずきだけでもいいのでは 特にマションなどの名称は 余りにも 地域的にかけ離れたところで 甲子園を付けるのは 考えものだ この浜甲子園団地と言っても町名では 枝川町・古川町といったぐわいで 甲子園と言う言葉すら出てこない 新しく開発されたという事もあるが 甲子園筋から少しでもはずれると この様な呼び名と成っている 

月の初めに 壊し始めた団地が もう無い 早いものです


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まあ ここには 4棟しかなかったので 仕事も速いか 海岸線の前まで高層のマンションです
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この続きは 日を見て書きこみをしましょうか


つたない文ですが 読みづらかったら ごめんなさい


              ペタしてね   

 



 


 

  


   

散歩用に 買った オリンパスは 電動ズーム 

距離は稼げるが ピント合わせが悪い 

良いのは 軽い 小型 たくさんの設定が有る ファミリーカメラである 

11月に入ってからは 重たく 大きい デジ1で 撮っている

ペンタックスK20Dに 250mmZOOMを付けて 

今 流行のグリップハンドにして もう 何年も 付けてままだが 

今は 可愛らしいのが 出来ていますね   

シャッター音の響きと 連写の楽しみを ピントが 合えばだが・・・・ 

デジタルに 成ってから フイルムの使いすぎに 気を 使わなくても 

いいのが ありがたい 但し PCに 入れてからが 大変であるが 

それも 楽しみですか

野鳥も 渡り鳥も 増えてきています 

なかなか 取れなかった鳥です

シジュウカラ


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朝の澄んだ空に 向かって 遠くから 聞こえる さえずりに 耳を かたむけ 

どの枝にいるのかと 目で 追いかけている 朝の時間です 

次は ジョウビタキです


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カモメも 戻ってきました 

1羽だけ 種類が違う 鋭い目つきです


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季節の花の 野菊が咲き始めました


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と 野菊です 

まだ 他にも 咲いてきました

ツワブキの黄色い花


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さあ 明日も 引き続き デジ1で 

ファインダーの有りがたさですかね

やはり 重いのが 気がかりか 

単眼レンズで 寄って引いて取るのも魅力かな

マクロつきは手放せません 軽さで行けば パンケーキレンズ

私的には 50mmf2.8マクロですか 

花写真のフィールドが 減ってきています 

次には どんな人たちが来るのですかね 

古いものは 無くなり 新しく生まれ変わっている町


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真直ぐな1本の道です 


また 同じ所でも 違った 1面が 見えるかも 

さあ 早起きは 三文の得ですかね 

 


ペタしてね