今日は、いい日。
半年前から決めていた「半年後」を迎えることができた。
右往左往しながらなんとか辿りついた。
今日は乾杯でも一人した気分だけど、残念ながらアルコール負けしそうな胃。ミニケーキと紅茶にしておいた。
とても時間はかかったけど、今日を迎えられたことに喜びを。
そして、これから2年後の計画に向けて、半年後、一年後にやることも決まった。
半年前に決めていながら、行動する勇気はなかったように思う。
それでも、約束を果たせたのは、1か月前の旅だった。
いつだって、「旅」はわたしに背中を押してくれる。
旅先で、「2度と今までのわたしには戻らない!」と決心してた。
もとある道は、絶対に歩きたくない。なぜか、あれほど強く感じたことはなかった。だから、帰国した先に自分の道がないとしても、さがそうと心の芯で感じるものがあった。
帰国後は、予想通りの「真っ暗闇」前も後ろも見えなかった。
だから、逃げ腰だった半年前のことを実現して、自分の新しい道筋を作るしかなかったのだと思う。
「2度と、二度と戻らない!」その決心をさせてくれた、その存在があったからこそ、最後の勇気を持てた。
いくつか願っていたことの、1つの結果にすぎないけれど・・・。
ただ、この1つの結果が、4通り・5通りものわたしの未来を導いてくれている。
自分の人生の舞台で、理論的に捉えていくべきものと、感覚的に感じ取っていいものと、その区別が少しづつわかるようになってきている。
理論的なものは、限りなく現実的な実践を。
感覚的なものは、無限の可能性の拡大を。
両極端を、バランスよく整えていこうとすることを、望んでいる。
最大の破壊と、最強の再生。
難しいけど、そういうところに「美しい」と感じる自分の美学がる。
生まれて初めて、今、「言葉にできた」・・・。
なんだから、嬉しさとほっとした感じが入り混じっている。
大っ嫌いな家族。
大切な大切な家族。
大っ嫌いなままでも自分を許せないし、(誰かのせいにしたくない)
大切なだけでも自分を許せない。(べつにいい子になりたくない)
自分を許せないというというより、「美しくない」から単に、嫌いなだけ。
誰かのせいにするのも、いい子さだけも、「美しくない」。
そのバランスを自分なりとることが、とても大切な価値観だ。
「美学」と「幸福論」は、私の場合同じカテゴリニーに属しているらしい。
『最大の破壊と、最強の再生。』
その繰り返しを耐えうって、そして打ち勝つチカラは、「自尊心」だった。
「自尊心」の種には、旅先の香港で出会った。
気が付けば、わたしは、36歳・・・。
年齢も場所も出会ったものも、そして出逢った人も、
自分の想像は、はるかに越えていた。
「自分という人間は、随分はるか遠くにいた。」
ふと、そんなことを思った。
いろいろなことは、
なぜ、今だったんだろう。
この世になぜは、いっぱい溢れてる。だから、わからなくてもよくて・・・
ただ、その巡り合わせを、幸せだと、思っています。
無邪気な 少女は
独りぼっち
目を 一杯に 見開いて
お日さまを 待ち続け
出会う人皆に 歌い続ける
音も たてずに 落ちる
秋の日の
木の葉のように 繊細で
はにかむような 微笑は
この子だけの
気品を 物語る
大好きな歌に 微笑み、 踊り回る
無邪気な 少女
少女は 独りぼっち


