「自分らしさ」とか「自分らしく」など、その言葉に魅力を感じる人も多いのではないでしょうか。
「自分らしさは一般的には個性ともいわれます。ある人はそれがなくなった時、大人になるといいます。
日本社会は„自分らしく生きる“事は必ずしもヨシとはしない傾向があります。先日、友人と「我が強い」という言葉で議論した事がありました。その友人によると「我が強い」という言葉はワガママと同義語だそうです。
なるほど、日本の風潮ではそうなるのかと思いました。 我が強い=自我が強い=自己主張が強い…とい
う構図になるわけです。
「出る杭は打たれる」ということわざにもあるように、日本社会ではそういった頭角をあらわすとか個性の強い人間を排除しようとする風潮が根強いのではないでしょうか。多くの人々は一律的な社会で生きることに安心感を抱いているのかもしれません。人は大なり小なり他者との関係性の上で生きています。よって、他者が自分をどう思うのかを気にかけたりします。
他者の自分への評価を気にかけるあまり、自分の意見や行動などを抑制し周囲の人々に合わせようとします。言い換えれば、周囲に合わせていれば安心感が得られるわけです。逆に周囲と違った事をすると不安に陥ります。いわゆる一律人間的生き方です
。しかし、誰もがこのような生き方を望んで生きているわけではなく、もっと開放的に自由に自分らしく生きたいと願っていると思います。
人は大人になるにつれて社会のしがらみに翻弄し、他者との共通性に安堵します。しかし、時には他者を意識することなく自分の思うままに自分らしく行動するも良いのではないでしょうか。勿論、協調性がなく、独善的に自己主張ばかりするのではなく、他者の考えや意見などにも耳を傾け、尊重しながら、自分の意見や考え方などはしっかりと持ち、自分らしく主張出来ればと思います。そのことは、現在社会で生きる上でのストレスの回避にもつながり、こころの健康を保つ上です。も大切であると考えます。
(2011.5.6上越タイムス ニックかわらばん掲載より)