「えっちゃんブイブイ言わせちゃいな!」
39歳で天国にいったマイちゃんは
私の心の良き理解者でした。
なにか始めようとすると「ブイブイ」という◯語を
連発するいい女でした。



モデルの仕事っていろいろあって
そこで出逢うモデルさんたちにも色があるんです。
私は20代前半から「ミセス」専属モデルでスタートだったから
先輩モデルさんや近寄りがたい美しすぎる人が多くて
なかなか本音を語り合うモデル友人ってできなかった。
まいちゃんと一緒に仕事をするようになったのは
デパートの広告。
この頃、みんなやりたいのは雑誌の仕事。
でも広告はギャラが良かったのでイメージに合っていれば
お受けするという時代でした。
高飛車な時代でした。
広告の仕事はハウススタジオやロケが多かったので、
割とカジュアルな空気。
マイちゃんは昭和の女優か?という美しさで
視座が高くて賢くてグローバルで開放的
年上の雰囲気だったので、少し距離を保っていた私。
こう見えても人見知りなもので。
でも開口一番
「藤井悦子さんですよね!めっちゃファンなんですー」
😳😳😳
ファンってなに??っていう私の戸惑いも関係なく
私の懐に飛び込んできてくれた人でした。
そういえば、
モデルを休業して夫が起業して出した永福町のcafe
夫婦で挑戦したあのお店へ
颯爽とやってきてくれた業界の友人は
マイちゃんだけでした。
そのあとも
私が高崎に住まいを移したら
「えっちゃんが高崎にいるから葉山じゃなくて
軽井沢に住むことにする」
家族で軽井沢に引っ越してきて行ったり来たり。
大きな大きな夢があったのに
いつのまにか地元で小さく小さく
周りに合わせて足並み揃えて
自分らしさを無くしていた私。
止められるものに服従して
できない言い訳をしていた私に
「モデルの仕事に戻りなよ」と事務所を紹介。
30代後半で一度復帰宣言してお仕事したけど
私のやりたいことではなくなっていた。
「やってみたからわかったんだよ。よかったじゃん!」
そう言い放ち、私の生真面目さを軽くしてくれた。
そのころ、家族を、地域の人たちを、周囲のママたちを、おばーちゃんを
元気にしたくて始めていた笑いヨガ講師。
それで冒頭の言葉
「ブイブイ」すればいい!というあれは
励ましだったんだろうな。
「ファンなんです」と同業者に言えてしまうあの精神
面食らったけど今考えると
本当に素直でまっすぐですごい人だ。
そして
あの時はモデルとしての仕事内容や
露出したものにより好意をもってると思っていたけど
振り返ってみると
私のプライベートで大きくもがいているとき
常にそこにいてくれた人だった。
私そのもののファンでいてくれたんだと気づいた日
彼女の実家に向かう道すがら
車の中で声を上げて泣きました。
マイちゃんの弟さんとは交流が続いており
「マイコ姉さんと悦子さんの性格そっくりなんですよ」
と言ってくれるのですが
あの懐の深さ、愛の深さには
まだまだ到底及ばないと思うのです。
彼女はずっと39歳。
マイちゃんの生きたかった今日を私は生きる。
私の幸せをいつも願ってくれた人。
誰になにをブイブイ言わせるのかわからないけどw
「まぁ、見ててよ。」
5月のある日の電話がお別れとは知らず
ブラックトークで爆笑しあったあの日の空を思い出す。
「まぁ、見ててよ。」
ブイブイ言わせてるねぇ〜って
あなたが大笑いしてくれる私を披露したいわ。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
あなたには、この人の生きたかった今日を生きよう
そう思える家族や友人、先生やお仲間がいますか?
育児が終わった今
人生は本当にあっという間かもしれない
そう思うのです。
あなたは唯一無二。
そしてきっとかなり素晴らしい。
その素晴らしさを自分が自分を大好きになるくらい
開花していただきたいな。