敬老の日 お婆ちゃんを想う
父方のお婆ちゃんを『白いお婆ちゃん』
母方のお婆ちゃんを『黒いお婆ちゃん』と
ずっと呼んでいました

白いお婆ちゃんは 戦中戦後を生きた
まさに 日本なでしこ でした。
ど田舎から 教師になる為 田舎に出て来て
じいちゃんと知り合い結婚、
七人子供産み じいちゃんは戦死。
ハンパじゃない気丈な
地元では 知らない人いない
そんなスーパーお婆ちゃんでした

頭が真っ白だったので
白いお婆ちゃん、と呼んでました。
うちの両親が共働きで
父が身体が弱いのを気遣ってか
私が小学校高学年まで白いお婆ちゃんが子守りにうちまで
毎日毎日歩いて通ってくれました。
私が結婚する年に
見届けるように
たくさんの孫に囲まれ
……
眠るように大往生でした

あぁ、老衰って
悲しいけれど
残る家族に余計な痛みを与えない
お婆ちゃんは最後まで優しいな、と
思いました。
黒いお婆ちゃんは 私が物心ついた頃には もう 病気でした。
いつも床に寝てたけど
私が行くと嬉しそうに 痩せこけた手で 財布さがして
いつもお小遣いくれました。
白いお婆ちゃんみたいに 色んな思い出はないけれど
黒いお婆ちゃんの話しは うちの母からよく聞きました、
じいちゃんを病気で早く亡くし
男まさりに頑張り抜いた黒いお婆ちゃん、
床にいても細い身体でも
なぜかいつも力強く頼もしい雰囲気でした。
最後は
ある朝早く同居の孫を呼び、
お茶を飲んで眠るようだった、と
聞きました。
少し早い大往生でしたが
最後まで気丈で
おじいちゃんのような
黒いお婆ちゃんでした。
そんな
私の
お婆ちゃん
わがまま言って困らせたりしました、
暴言も吐きました、
お腹痛い時
なぜかお婆ちゃんが撫でたら
治ってしまいました。
お婆ちゃん、
大好きなお婆ちゃん、
私 何も……
何も
優しく出来なくてごめんね、
大人になってから
感謝できる自分に
今
少しはなれたよ。。
まだまだ
まだまだ見守ってくださいね。



