ママは働く! -90ページ目

*残念な言葉

特約店の支店長に

「まぁでも福島でまだ良かったやん」と言われた。


目上の方だし
立場もうえのかただけど

「どういう意味ですか?」
と聞いたら

「生意気やな」

と言われた。

いやいや・・・
どんな神経しとんねん。

あの震災で
地域差ある?

福島の何をもって
良かったっていってんの?
地震、津波、原発

やっぱり当事者じゃないとこんなもんだよね。

人それぞれ認識が違うもんね、価値観も。

しかし腹立ったわ。

無神経な言葉。
言葉はやっぱり時に
暴力的。

2011.3.11

1年前

仕事中、上司二人と食事をしていた時、横にゆっくりと揺れていて地震だと分かった。
あまりにもゆらーっゆらーっと横に大きく揺れるので、どこかで大きな地震があったんだと、確信を持った。

先輩は家が尼崎で、一瞬阪神淡路大震災を思いだし、すぐに家族に連絡をとって、安否を確認していた。

私は携帯で震源地を調べ、宮城の方だとわかり、
一気に不安になった。

父母にメールするが
返信なし。

その後まだ電話も繋がりやすかったので、父に電話をかけつづけ、繋がり声が聞けて、安心した。

でも電話の外で
色んなサイレン音や
人がいそいで移動している様な慌ただしさを感じた。

父は市の職員であり
町のパトロールに行く途中だといった。

すぐに電話を切って
少し安心。でもなんだか落ち着かい気持ちがあった。
その後、会社の携帯に
同期、上司色んな方からの連絡が入る。

「お前の実家津波がやばい、今すぐ帰ってこい」と。
津波?
津波がくるの?

すぐに車のワンセグをつけた。

小名浜港が映っていた。
全身の力が抜けた。

家は海沿いじゃないから
大丈夫にしても
友達は大丈夫か?
じゃあ友達の家族は?

その頃には
連絡はとれない状況になり心配と不安で過ごした。

翌日は土曜日だったが
被災した東北の営業所に
水や食料、ランタン、ホッカイロ、電池・・・
色々かいだして皆で箱詰めした。

そこで会社の人に会うことで気持ちが紛れた。

地震に津波にそして原発がメルトダウン。

当時は本当に心配で
不安で
気持ちが滅入っていた。

自分の大切な家族がいる
故郷がこんなことになるなんて。

水が出ない状況は3ヶ月続いたし、原発の問題は今も収束していない。政府がなんの役にも立たないことがはっきりとした。

あれから1年。

被災地は復興しつつあるが、まだまだ長い道のりだ。

福島の原発警戒区域は二度と帰れない。

こんなこと人生でふりかかってしまう人がいるなんて本当に不幸だと思う。

だから我々は
今後のあり方を真剣に
考えなければならないし

今を一生懸命生きていかなくちゃならない。

当たり前の日常が
実は奇跡なんだと
気付いた。

そして自分の気持ちの
弱さにも気付いた。

またここから1年
しっかりやっていきたい。

*リクルーター活動

3日(土)、会社のリクルーターとして、説明会に参加。

営業している身としては
学生の表情や態度を見ればなんとなくその人の人柄がある程度見えてしまう。

あー生意気だなーとか
あっ少し上からだなとか
いらっとしてしまう瞬間もある・・・(笑)


まあでも学生の質問に答えていると、ある意味
自分の原点を見返ることができて、
モチベーションが上がる。
私を通じて会社の雰囲気を感じ取って貰って、
それが伝わり、
そしてうちの会社を選んでくれるなら、嬉しいね。

やっぱり就職活動も
出会いや、縁が
最終的には決め手になる
気がする。