ナオコのタマシイノタビ -2ページ目

ナオコのタマシイノタビ

好き勝手なことをツラツラと

運よく家から近い掛かりつけの病院に搬送され、向かう私

ERの処置室で、力なく唸る父

声を掛けると痛みが辛いようで返事もやっと

分かっていたのかも分からない

 

検査の結果、医師から伝えられたのは腸に穴が開いているという内容

オペをするなら受け入れてくれる病院があるか分からないけど探しますという説明だった

 

94歳

 

何のためにオペをするの?

痛みだけ取ってくださいと即返答

治療は緩和治療のみとなり腸穿孔のため持って2~3日

早ければ今夜

説明を受けなくても分かってしまう

 

母や夫、娘、息子たちに連絡し孫まで集合

痛み止めは麻薬に切り替えられて痛みが落ち着き眠る父

でも、心電図のモニターを見た娘(こやつもナース)は状況を察知し泣きながら部屋から出てきた

 

そして、それから間もなく病院から連絡があり

運ばれて8時間後に父は旅立った

 

聞こえない、見えない、痛い、辛い、寂しい

色んなことから解放され

魂の入れものから解放され自由になった

 

「シレっ」とした父の顔を見て笑ってしまった

母と娘はその場で泣き崩れているのに

 

まるで、この世には未練はない

もう俺は行くよっていう表情だった

 

それから、前の前に書いた葬儀屋の話となる

 

私は写真を観ると、その人のことが見える感覚がある

知らない人でも写真を観ると、その人となりが見え何故知っているのか

と聞かれることもある

 

で、父の写真を観た時に

父は、いつも自分の本当の姿を誰かに見せることなく過ごしてきたんじゃないかなと感じた

どんなに仲良くなっても、ある一定の距離は縮まない、縮められない

喧嘩っ早いくせに、距離は詰めないくせに頼られると面倒を見てしまう

実際、会いに来てくれた人から、お世話になった、人に言えないくらいのことでお世話になった

と気になるワードを交えて私の知らない父の人柄を教えてくれた

 

父の94年間のタマシイノタビは、つらいこともいっぱいあっただろうと思う

どんな人生だったと思っているのかなぁ

 

今も忘れられない父、母、兄との記憶

それは、今も許せず怒りが込み上げることもあるけど

そのせいか、旅立っても涙も出ず、悲しい感情に浸るなんてことは未だにないけど

 

父は父しか知らない気持ちもあったのだと思う

にしても、もう少し優しく扱ってほしかった子ども時代 (笑)

 

寂しさや、悲しさはそれほどないけど

父の人生が、父にとって「まぁ、いいか」と思える人生だったらいいなと

思いっきり作った、どうしていいのか困っているような父のぎこちない笑顔の写真を観て思う

 

それにしても、亡くなったらどうするかは自身で決めておいた方がよい