アイホンにしたら::: -20ページ目

傘が!

おはようございますキラキラ
今日は雨降りです。

出掛けようと思ったら傘がない‥昨日また忘れてきたー。

もう計5本はなくしている模様。


まったくもうって母親に怒られました。。


かわいい傘買ってさすとルンルン♪気分になるんだけど、そのうちビニール傘に変わってく‥


そんな事を考えてた朝でした。



昨日blogチョット語弊も生じたかな‥

あと、

『学会の人材育成の伝統は、後輩を、新会員を、新しい同志を、『自分以上の人材に』と願い、心を砕いていくことである』

という所が心に残りました。

3/5新・人間革命

◆小説「新・人間革命」
3月5日

[学光32]
 通信教育部は、開設から二年目の一九七七年(昭和五十二年)には、教職課程が設けられた。規定の科目を履修すると、中学校教諭一級、高等学校教諭二級の社会科の教員免許状を取得できるようになったのである。
 創価大学の通教からも、教育界に雄飛できる道が開かれたのだ。 
 四月九日には、創立者の山本伸一が出席して、創価大学の第七回入学式が行われた。
 この日の祝辞で伸一は、入学の喜びにひたる通学課程の新入生に、こう語った。
 「諸君は努力のかいあって、首尾よく、合格の栄冠を勝ち取ることができましたが、その半面、諸君の何倍かの青年たちが、無念の涙をのんでおります。私は、この青年たちがくじけることなく、たくましく立ち上がってくれていると信じてやみません」
 ここには、通教生の代表も出席していた。この伸一の言葉は、通教第一期生で、埼玉から参加した福満寿々子の、胸を射貫いた。自分への励ましのように思え、目頭が潤んだ。
 彼女は、前年、創価大学を受験し、無念の涙をのんだ。通信教育部に入ったのは、通学課程への転籍が可能だと聞いたからである。
しかし、送られてきたテキストの山を見ると、何から手をつけてよいのかわからず、勉強に取り組むことはできなかった。教科書を開くこともないまま、とりあえず夏期スクーリングに参加した。
 このスクーリングで、授業を見に来てくれ、通教生を激励する伸一と出会った。また、全国各地の通教生とも交流をもった。勇気が出た。通教に魅力を感じた。
 三月に通学課程への転籍試験を受けたが、失敗に終わった。だが、落胆はしなかった。
 “私には通信教育がある!”
 この入学式に参加した福満は決意した。
 “山本先生は、すべて、わかってくださっている! 通教第一期生として卒業しよう”
 日の当たる人より陰の人に、勝利の栄冠を手にした人より涙をのんだ人に、心を向けることから、人間主義は始まるのだ。