ある人に聞いたのだけれど、

前世で、息子と娘は恋人だったらしい。

でも添い遂げられなかったんだって。

娘の方が離れていったんだって。



そうだったのか~と、妙に納得。

二人は仲がいいし、息子の赤ちゃん返りもなかったし、それはそれで心配することもあったんだけど、

そういう関係性でみると、とてもしっくりくる。

娘の方から離れて行ったなんていうのも、二人をみているとそうだよね~(笑)とわかる気がして。







信じるか信じないかはその人次第で、根拠も何もない非科学的なことなんだけど、

あれこれ理由や理屈を並べるよりも、そういう非科学的なことに身を任せる方が、ぴったりくる時ってある。

それが自分の感覚的にはまったとき、何を言われるよりも楽になったりして。


だから今は、二人のやりとりを見ているのが、ただただほほえましい。


この世でまた一緒になれてよかったね。







ちなみに、


そんな二人が一緒になったら、それぞれパートナーを見つけられるのかしら、と心配になったんだけど、


今世で一緒になったことで思いはとげたから大丈夫なんだって。


それぞれの相手を見つけるらしい。


よかったよかった。






今、息子は折り紙でコレを作るのにはまっている。






決して折り紙が得意な訳ではなく、どちらかというと苦手。


だからうまくいかないたびにイライラキーキーしながらやっている。


でも、やめることはない。


イライラする自分と折り合いをつけながら、母の助けを借りながら、なんとかおりあげる。








それを見ているとね、「あー、今がその時なんだ」と思う。


息子にとって今が折り紙の時なんだ、と。








息子が2歳児クラスのとき、まわりのお友達がとても折り紙が上手で、それをみてうちの子も!と思った時があった。


誘ってやってみたけど全然できなくて、余計にあせっちゃって。


わたしはあーだこーだ言うし、息子はうまくいかないからキーキー言うしで最悪で。


今思うとなんであんなに躍起になっていたのかと思うけど、その時はもうなんとかしなくちゃ、っていう気持ちでいっぱいだったのよね。


息子ができないことはわたしのせいで、わたしが恥ずかしい、と心の奥で感じていたから。


でもそのことには気づかないふりをしていたし、息子のため、というのが大義名分だったから余計たちが悪くて。









もちろんそんなだから楽しいはずもなく。


息子は訓練みたいな折り紙で、上手くなるどころかますます苦手になっちゃった。










あれから2年たって、その間息子が自分から折り紙をもってくることはなかったんだけど、このところ時間があると折っている。




「折りたいもの」ができたのよね。




だから誰に言われなくてもやって、満足するまでやって、うまくなるのもとても早い。


改めて、やっぱり‘心’が動かないと、いくらおしつけてもだめなんだよな、と思う。


誘ってダメだということは、その子にとっては‘今’ではなかったのだと。










この頃思うのは、せっかちな母とマイペースな息子の間にはだいぶ時差があるということ。


母が‘コレ’と感じたことを息子が‘コレ’と感じるまでには、半年から2年くらいかかるみたい。







待っていよう。


彼にとっての‘今’がくるのを。


息子との時差を感じるたびに、この頃は呪文のように心のなかで唱える。


わたしの心を落ち着けるため。


そして今までのごめんなさいをこめて。










だけど…


待つってやっぱり、忍耐なんだよな…











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今日はいい天気。



朝から息子は近所の友達と外遊び。



そこに娘も仲間入り。





自転車やストライダーに乗って走り回るお兄ちゃんお姉ちゃんをみて、「自分も」とミニバイクにまたがった。



もうこれを乗り回す年齢になったのね~



ちょこちょこ追いかける姿がかわいい!






もうこのまま春にならないかなー







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