おはようさんでございます!

 

オスロ合意が破綻した後も当然、パレスチナ人たちもユダヤ人たちもパレスチナの地に生き続けます。仕事や学校や余暇等も含む日々の日常が続きます。

 

このことを頭に入れて話を進めましょう!

 

24.ハマス台頭

  オスロ合意が破棄された2000年頃からイスラエル政府はガザやヨルダン川西岸地区との境に分離壁を建設していきました。そして特にガザ地区は「屋根のない監獄」と呼ばれるような状況になっていきました。

 

  PLO(パレスチナ解放機構)の主流派は元々ファタハと呼ばれる穏健派でしたが、ガザを中心に二国共存を認めないハマスが台頭し(私たちにとっては意外にも)選挙でガザの実権を握ったのです。

 

  そしてハマスは壁の中からのミサイル攻撃やイスラエル国内での自爆といった(西側諸国からは)テロと呼ばれる行為を繰り返して行きました。

 

25.アラブ諸国とイスラエルの和解

  そんな中、イスラエルとアラブ諸国が次々と国交を結び始めたのです!

 

  私が滞在した1999年当時は確かエジプトとヨルダンとのみ国交を持っていたと思います。イスラエルの入国スタンプが押されていればその他のアラブ諸国には入国を拒否されるので、パスポートではなく別の紙に押してもらうというのがバックパッカーの間では当たり前でした。

 

  2020年のUAEとの国交正常化を皮切りに他のアラブ諸国も国交を結び始め、アメリカの仲介でついにはアラブの盟主サウジアラビアまでも、平和交渉に動き始めました。

 

26.ハマスの孤立  

  ハマスがこの動きに危機感を感じたのは想像に難くないです。分離壁内からロケット弾を発射するくらいしかできない状態なのに、アラブ諸国がこぞってイスラエルの存在を認めたら自分たちはどうなるのか?パレスチナ問題は置き去りにされ自分たちの存在は忘れ去られるのではないかと感じていたに違いないと思います。

 

  このような状態が「ハマスの襲撃前夜」でした。

 

明日はいよいよハマスの襲撃~イスラエルのガザ侵攻です。

  

ほなさいなら!