あなたは自分の人生を楽しんでいますか?
美しく輝かせていますか?
そして、あなたの人生は健康ですか??
こんばんは
ヘルシーナースのmachiko(まちこ)です♪
前回、前々回とお伝えしてきた私の物語![]()
ふ〜ん
と言いながら、
読んでくださったことでしょう![]()
そう、
たくさんの挫折や辛いことを経験しながらも
自分なりに一生懸命頑張っている私![]()
![]()
のつもりだったのですが、
苦しみはその後にたっぷり訪れたのです![]()
今日は私の葛藤と失望について
お伝えさせてください![]()
看護師として働く中で、
少しずつ人の役に立てるやりがいや
人を救う医療の素晴らしさを感じていた私🌟
しかし、一方で
もやもやした感情も募っていきました💦
私たちは、
どんなに頑張って日常を築いていても
病気になって、
入院や治療、
そして長期の闘病が必要になると
今までの生活スタイルや生き方を
一変せざるを得なくなる![]()
そして、
一瞬で何もなくなってしまうこともある。
今思うと💡
積み上げたものがなくなることも、
何かが無駄になることも、
ないと思えるのですが😌
当時は、
患者さんが理想の自分を諦める姿や
希望を失う発言を聞くたびに
空虚感を感じていました![]()
なんでこんなに大変な症状を抱えて、
辛い思いをして生きていかなければいけないのだろう。
病気になって耐え忍ぶことが、
誰のためになるのだろう。
特に脳神経病棟に勤務しており
脳腫瘍の患者さんが多かったので、
意識や人格を失って、
手足も動かず、何もできなくなって、
人の一生って何なんだろう。
そこに温かくて尊い生命があることすら
見失いそうになるほど、
感慨深くなっていました![]()
『みんなで尽力して治療やケアをしているのに、
ちっとも回復しない、助からない
』
『こんなにきつい思いをして頑張ってるのに、
私のやっていることって意味あるの
』
ネガティブな感情も多くなり、
自分の職業すら嫌いになりそうでした![]()
看護師として責任業務を果たすことと、
自分の働きたい目的が
少しズレ始めていたんだと思います。
浅はかにも、その頃は
目標すら持ち得ていなかったのかもしれません
もちろん🙌
医療や看護を学ぶことは面白く
同僚や慣れ親しんだ職場も好きだったのですが
たくさんの想いを抱えすぎた私は、
『看護師の1人前』なんて呼ばれる3年を機に
環境を変えることにしました![]()
フットワークは軽い方でしたので、
両親や友人にお別れを告げ、すんなりと👏
machiko、関東進出![]()
次の病院でも脳神経病棟に配属となり、
8割くらいワクワクした気持ちで
乗り込んだのですが、
すぐに衝撃を受けました![]()
患者さんの性質が全く違う![]()
今までの大学病院では、
検査で脳腫瘍が見つかり
手術目的に歩いて入院し、
外科治療が落ち着き次第リハビリ転院
という患者さんも多かったのですが
次に就いた市中病院では、
脳出血や脳梗塞で
倒れているところを発見され
意識不明で救急車搬送後
全身至るところの麻痺や、
なんらかの合併症を抱えている
という患者さんが多かったのです
ケアの量や種類が異なるので、
新たに学ぶことも多く、
より一層体力が必要でした
さらに
身寄りのない患者さんもいて、
一命を取り留めても帰る宛がない
介助量が多く行く施設が決まらない など、
せっかく命があるのに切なくなる状況が、
とても多かったように思います。
そして
神経難病の患者さんもいらっしゃったので、
お食事介助やケアをさせていただくのですが、
時間が足りない![]()
必要な業務をこなしていると、
患者さんが本当は望んでいる
充分なことが提供できない![]()
というジレンマが大きくなっていました![]()
医療の世界にも理想と現実はもちろん
存在しますので、
新卒看護師さんは特に悩んでいましたし、
多くの看護師さんが苦しんでいる気がします![]()
忙しくて、疲れて、笑顔もつくれない。
ナースコール対応が億劫になる。
コミュニケーションやケアが
効率や業務重視になる。
倫理を学んでも、
鍛錬を積んでも、
看護師は人間ですので💡
そんな理想とかけ離れた自分を自覚しながら、
自己嫌悪に陥るのでした![]()

この頃の私は、
心がすさんでいたことでしょう🙇♀️
自分の能力がなかったといえば
そこまでですが![]()
元来ヘルスケアオタクだった私は
このときから、
自分の健康を失うことになるのです![]()
ここまでお読みくださりありがとうございます
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長くなりましたので、
続きはまた![]()
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