初めまして、中国からの人です。

陳丹莹チン·ダン·インと申します。日本の美術に関わる事を勉強していて、途中でいろんな面白いことを知るようになりました。沢山日本本を読んだ、メモもじぶんのパソコンにあって、ずーっと「みんな」一緒にシェアしたいなと思っていてが、日本語レベルが心配し、そばにいつも時間ある聞いてくれる人がなかなかいないです。ちなみに、日本語は2年前から独学で勉強して、ずーっと日本語をもっと使おうと思っていて、日本人とこういう風で出会いたい、やっと”ameba”をログインしました。文章を書くには変な日本語になってかもしれません、勉強の途中どうぞよろしくお願いします!!!照れ

日本語であれ、内容であれ、その他であれ、ご意見をどうぞ、嬉しいです。馬

 

最初は本の抜粋を分かち合うかもしれません。

 

 

 

『現代現代美術演習』p45-46

海老塚耕一ゼミより

身体を単位とする等身大という言い方もあるし,身体の部分とかではなく,人間ひとりを1とする見万もあるだろう。いずれにしても人間から割り出すような単位と素粒子みたいなものとを同列に見る乱暴さは問題だが,そういうことを考えるのがスケール論だとも言える。

もう一度整理してみる。単位とかスケール,構造,システムといっても,それぞれは不連続なものである。それぞれで成員関係を持っていて,別な構造は自動的には連続しない。

しかし,その非連続性を了解しながら,なおかつそれを克服しようとすること。それは, この「Powers of Ten」の中でも言っていることだが,僕達ひとりひとりが持つ身体性というか,人間学的に物理的には在りえない構造間の非連続から,もう一度新たな構造を探しだすこと。それが創作というものだ。(中略)

有以身体为单位的等身大的说法,也有不是身体的部分,而是把每个人视为1的看法。不管怎么说,把从人类中推算出来的单位和基本粒子一样的东西并列来看的粗暴是个问题,但是考虑这些问题可以说是规模论。
再整理一下。虽说是单位、规模、结构、系统,但都是不连续的。各有成员关系,不同的结构不能自动连续。
但是,在了解其不连续性的同时,还要克服它。这在《Powers of Ten》中也说过,从我们每个人的身体性,或者说在物理学上不存在的构造之间的非连续性,再一次寻找新的构造。那就是创作。(中略)

 

演習中の川俣正 p8

keyword:公共的なものとプライベイトなものとの接点,フィールド·ワーク

川俣正 最近,僕のやっていることは,一ロで言うのは難しいが,公共的なものとプライベイトなものとの接点,そういうことを浮き彫りにするようなフィールド·ワークみたいなことです。

川俣正最近,我所做的事情,用一句话来说很难,是公共的东西和私人的东西的接点,像是将这些事情刻画出来一样的现场工作。

 

              

空间意識 p126

赤塚 ここに,どういう空間意識を持って来たいかが問題なんで,その基のところが大事だよね。紙だと絵具が染み込んじゃうから,そのまま空間になっちゃうよね。紙に慣れてしまったのかなぁ。

在这里,带来了怎样的空间意识是个问题,这个基础很重要。如果是纸的话,颜料会渗入进去,所以就变成了空间。习惯了纸张吧。

 

 

空间意識の重要性

意志力