次の日から、
スーパーは長蛇の列。
コンビニの棚になにもない。
ガソスタの渋滞。

あー
すぐおさまるだろう
と思ってたけど、
〇〇がない!
〇〇買い溜めしなきゃ!
みたいな傾向。

気付くと、
オムツ、ミルク…
今使って手元にある分しかない。

買いに行くと売ってない。
お店がやってない。
目の前で制限される。


いろんな人が情報をくれた。
行ける限り行ったり、頼んだりした。

優しいご厚意で確保できた。
本当に本当にありがとうございます。


いろんな人が、心配して助けてくれた。

本当に
人は一人で生きて行けないって思った。

人の言葉だけど、
───────────
助けてもらったら、次は助けてあげれば良いんだよ〓
そうやって助け合いが広がって行くんじゃないのかね〓
───────────
そうありたいと思う。
私に出来ることをしたいと思う。

なくならなくてもよかったはずの、たくさんの命が、あっというまに消えた現実。

生かされてるこの奇跡。

消えてしまった命の分まで頑張らなくては。
「3時に行きます」
って、小学校に電話したっけな。
で、
旦那に小学校への用達を頼んで、旦那を見送ろうとしていたとき。

警報機みたいな音がして。それがケータイの機能にあるなんて、初めて知ったよ。
え?って思ってたら地震。
あらあら…なんて
かなたを抱きにいったら、立っていれない揺れになって。
恐くて恐くて、
ただ
かなたをぎゅーって抱きしめて、
旦那が、大丈夫だよって体を、支えてくれて。
パニックだった。
物が
ガシャーン、パリーン、ドンッて落ちたり割れたり。
ゆー、のん、つばっちの顔が浮かんだ。
どうしようって。
少しおさまった頃、
旦那が着替え直して、
行かなきゃって、冷静に言ってて。しばらく帰って来れないって言われて。
さらにパニック。
車に、かなたのお世話セットとかお菓子とか積めて、とりあえず避難。
余震が何度も何度もきたよね。
保育園に迎えに行って、泣いていたらしい、のん。放心状態みたいな、つばっち。ゆーも静かだったかな。園庭に避難していました。
子供達のご飯!って気付いた時には、セブンには長蛇の列。
それをみた時、
あ~こりゃやばい。
って改めて思った。ガソスタも混んでて…。
あとでいいや。と思って今に至り、どこも売り切れなこんな状態。
電話も繋がらない。
実家は崩れたろうと思った。
旦那の実家に行ってみたら、義父母兄が無事だった。家の中はぐちゃぐちゃで、壁のヒビ…。
お義父さんはショックだったと思う、ピリピリしてた気がする。
私とチビ4人、避難させてもらって…。
実家や親戚、友達…無事を確認したとき、どれだけ安心したか。
瀕回な余震の中、テレビにくぎづけ。震度6弱。M8.8からM9.0になって世界で4番目なんてなったときは、頭が真っ白で。
今の状況ですら、自分達がどんなにいいかわかった。津波で流された町…ありえないよね、考えられないもん。
今まで平和ぼけしてたんだきっと。
大泣きした。