高層ビル用パラシュート
ビルの階層に合わせてパラシュートの種類を選び、低層階~高層階までパラシュートで地上まで降りれるもの。
使用にあたり、講習を受けることもできる。
誰でも地震、火災の時、窓から飛び降りて安全に脱出できること。
最近のニュースで『移民問題』とよく話題になることが多くなり、私も今日パソコンの動画から(お部屋にテ
レビがないので少し前の動画ですが・・)見ておりました。
なぜ移民を受け入れる話題があがるかといいますと、少子高齢化時代が目前となり、高齢者の介護、
面倒をみてあげれる人が少なくなってしまっていること。
それと建設分野や技術職、伝統職分野、危険・きつい・汚い・単純職などのイメージがある仕事が
人手不足になっていることもあげられておりました。
でしょうね・・・、私の仕事場でも“掃除きらい”とか“誰かがやるから自分の利になる仕事
以外のことは放っておく”みたいなことがあって、
誰も仕事場でのトイレ掃除をしない、公共の場を汚しても“後で誰かがきれいにしてくれる”で、
放ったらかしの状態。私には同じような感覚を受けちゃうなあ。。
どちらも自分は関係ないけどいつか誰かがやってくれる、でここまで来ちゃったのかなあと思います。
だけどそろそろ放って置けなくなってきちゃった、てところなのだと思います。
技術職、伝統職なんかに関しては極めるには時間がかかり、
興味がない人からすると“めんどくさい”がどうしてもついてくる職業ですものね。(興味のある人
からするとめんどくさいという感覚よりもそのめんどくささが楽しみや生きがいになるのだと思いますが。)
お金よりも職人としての人生を選ぼうっていう人材を育てる工夫をしてこなかったツケがきていますよね。
そんな職業が今、人手不足になってきているとき、「ハイ、じゃあ移民で。」なんていう結論。。
なんだか安易過ぎじゃあ?と思うの。。
日本のお金をちらつかせて「お金払ってあげるから後よろしく!」て聞こえちゃう。。
私には今の時点で移民を推進している人達が少しそんな風に感じてしまって、
なぜか違和感を感じてしまいました。
消費税増税もそう。
国のまわせるお金がほしくなったとき「じゃあ消費税増税!」なんて、私にだって言えるわよ。
お偉い方々はなんの為に学力を身につけ、国を動かす道を選んだのでしょう?
「消費税増税!」なんて一般的な答えを言わないだけの案はないのでしょうか?(案はあっても利害関係?)
家庭でお金が足りないと感じたら、みなさん先ずは今ある収入の中で節約を考えると思うの。
どこか余分な出費はないか・・とか、このお金をこっちにまわそう・・とか、収入を増やす為に
仕事をどうするか・・とか現状の生活の改善を考えると思います。
国という大きな単位になったとしても同じではないでしょうか?
私にはいまいち国のアイデアや現状の改善、努力が見えてきません。
今回の移民問題でも移民を受け入れればいいと今何もしない時点で答えてしまうのは
なぜかその場しのぎにしか見えなく、これまでの原発の問題と同じで、この先移民で
問題が起きてから考えればいい・・と、問題を先送りにして臭い物には蓋をしただけに
過ぎないように思います。
これから先、日本人が自らの手で解決する方法を正解、不正解なんでも良いですとにかく
精一杯かんがえましょう、アイデアを先ずは出してみましょう。(自分のお尻は自分で拭く努力を。)
テレビの中でのコメンデーターさんがおっしゃる一つの案としては、
今まだ非雇用の方々が日本にはたくさんいらっしゃるので、フリーター・主婦・まだまだ働ける年配の
方々の雇用を賃金を上げてもっと仕事に参加してもらおうという事でした。
ただ賃金を上げると言うところが課題で、出来るだけ人材を安くあげたいと思っている企業にとっては
それでも日本人を雇うメリットがあるのか、ということでまだ安い賃金で雇える海外の方を
とりたいところもあるのでは・・ということでした。
私は人手不足の職業に関して、“誰かがやる”ではなくて“だれもがやる”になってほしいなあ、
と思います。
“だれもがやる”“やれる”ようになるために教育として取り入れていくことが
良いように思います。
授業として取り入れると言うことです。
海外でも家庭が貧しい子は大人と同じフィールドで一人の人材として大人と一緒に働くのが当たり前
のように育っているのを見ると、人間の本来の姿ではないかと思うのです。
子供もそうすることで自立心が育ち、より家庭を守ろうと感じたり、年齢を超えた仲間としての
団結も覚えると思うのです。
もちろん今までの机で覚える学習も必要ですし、それと同時になぜその机で覚える学習が必要なのかも
大人の仕事に参加することでわが身の事として肌で感じるきっかけになるとより机の学習にも
精を出す子供もいると思います。
汚水の汲み取り作業で働く人たち、道路工事の
作業をしている人たち、建築現場の高いところで作業している人たち、伝統工芸を受け継ぐ人たち、
内職で家庭を支える主婦、介護の現場、海で働く人たち、田畑で働く人たち・・・
小学校~大学生まで約20年近くあるのですからどんな職種でもいいできるだけ多くの職業を見せて
感じて、成長の段階にあわせて参加をどんどんしていく事が大切だと思います。
そこでいっぱい大人と話してほしい、喧嘩でもいい、大人とぶつかっていくこと
そうすることで教科書では教えられない生きていく上で必要な心の成長もできる。
そんな教育をもっと授業で増やせないかな・・と思うのです。
今の机の上で何年もかけて勉強する事だけが大人になって必要になるものではないですよね。
何年も机の上だけで勉強してきて学生の期間が終われば世の中全くの別世界が待ち受けていて
それから社会を学ぶには少し遅すぎると思うのです。
もっと大人の世界を小さな時から肌で感じなければ、世の中どんな職業があって、どこで自分が必要と
されているのか、自分の何を生かせば社会に役立つのかがわからないと思うのです。
そのために小学生の時からいろんな職業訓練を受けてみる授業があってもいいのではないでしょうか?
その中に建築、介護、技術職、伝統職など入れて職業の壁を感じるのではなく身近に感じれる様に
なれば良いのではないでしょうか?
危険・きつい・汚い・単純職であっても働くという大切さ、その支えがあるからこそ世の中が回って
いるのだということを小学生であっても何かを感じるはずです。
介護の職業などは小学生であっても出来る事はいっぱいあると思います。
実際におむつ変えを手伝ってみる、車椅子を押して外に出てみる、そのときいっぱい年配の方々と
お話しする事でたくさんの智恵を蓄えることも出来るでしょう。
介護の授業などは1週間~2週間に一度は授業に入れて小学生から高校生(大学生)まで皆が
当たり前の様にすると、介護の楽しみを感じる子も育つし、日本に滞在期間が決められている移民の方を
受け入れてばかりいるよりかは、将来に長くご年配の方々を支えれる日本人が増えると思います。
そんな子供は大人の働く汗を見ていれば、自分が出来ないことをしている大人の背中をみていれば、
大人に対して自然と馬鹿にするようなことは出来なくなってくると思います。
早いうちから大人の社会を手伝う、すると
運動が得意、脳を使うのが得意、手を器用に使える、赤ちゃんや子供を育てるのが
大好き、動物が大好き・・など、自分の持っているものが何か将来役に立てることはないかと自ら答えをだ
すきっかけにもなるのではないかと思います。
私自身も美術やデザイン、企画がすきなので、小学生のころから建築も含め設計図や頭の中の
デザインをグラフィックにあらわせるなどを学べたらとても素敵だなあと思いました。
今の20年近くも机に座りっぱなしに慣れたの授業ではだれだって現状より過酷な方にはなかなか
行けないですよ。
今のままの教育ではきっとこの先も将来社会で何に役立つのかもわからない自分自身のままで
育ち、楽で稼げる仕事を職業に求める人が止まりませんよ。
そして働くのがめんどくさいというフリーターも増えていくのでしょう。
小さい時から働くという授業をしていれば、何の目標の為の学びか、又何をもっと学ぶべきなのか
将来と直結した考えが出来やすくなると思います。
きっとそうすると学歴社会に惑わされない、さまざまな職種のエキスパートが少なくとも今より
増えると信じています。
また、どんな職業でも素敵な尊敬できる大人からその道に入っていくこともありますものね。
そのためには大人も子供の良いお手本であろうとし、年下に教えていくことで自身も成長
していけるようになるのではないでしょうか?
これからの教育でもっともっと働く世界を感じる教育、また働く沢山の大人と接すること(学校の先生だけ
に任せない、社会の大人皆で子供を教育する)ことで
将来、より多種多様な働き口に労働者が分散され、また離職率の低下、労働人口の増加、
働くこと(誰かのお役に立てるという事)が当たり前になってくれるといいなあと思います。