今日は3月11日。
東日本大震災から15年が経ちました。
もう15年………
当時私は高校生でした。
あの日は高校入試(?)で学校はお休み、石巻の自宅で被災しました。
内陸部なので津波の被害はありませんでしたが、ライフラインが全滅。情報は携帯ラジオだけでした。
次々入ってくる、津波の情報、行方不明者の情報、耳をおおいたくなるような情報もありました。
私「お父さん大丈夫かな……」
母「わがんねぇ、無事だといいけど……😢」
父は石巻の沿岸部にいました。
うまく逃げていればいいなと願い、1日、2日と過ぎました。
私含め、家族全員、憔悴しきっていた3日目。
父帰宅
当時車を走らせていて、トンネルの中を走っていたら津波が見えたそう。
トンネルの中で3日間過ごしたそうです。
どんなに心細かっただろう………
一歩遅かったら津波に呑まれていたんですよね。
運が良かったなんていっていいのかわからないけど、本当、助かってよかった。
その他の家族は、皆無事でした。
校舎のある門脇地区での津波の高さは6m超。校庭に停めてあった多数の車が流され、漏れ出したガソリンが引火し校舎は炎に包まれました。
全校児童108人の7割にあたる74人が死亡、行方不明となりました。
大川地区で被災した女性のスピーチが忘れられません。
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津波が来るから逃げようとしたら「ゴォー」という地鳴りのような音。
家は壊れ、家族全員大きな波に飲まれたそうです。
女性の足下から、足が折れ、クギや木が刺さった変わり果てた母の姿が。
母を助けようと、瓦礫をよけようにも1人ではどうにも出来ない、
母を助けたいが、自分もこのままここに居たら津波に流されて死んでしまう
母の「いかないで」の声に
「ありがとう」「大好きだよ」
と伝え、その場を離れたそうです。
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なんていったらいいんだろう………
本当考えさせられますよね
私だったら、どんな選択しただろうか………
自分の命を守るか、自分も家族も一緒に死ぬか……………
毎年、この時期になるとこのスピーチが頭に浮かんできます。
涙の止まらない選択ですよね………
何年経とうが、毎年思うことは同じです。
私が生きる今日は、誰かが生きたかった今日
改めて、1日1日を大切に生きたいと思います。





