今日は朝からショッキングなブログを目にしてしまい…
柳美里さんの『柳美里の今日のできごと』より
『創』休載の理由
要約すると、「もう何年も原稿料が支払われていない」「払って欲しいと編集長に連絡したら、力になれず申し訳ないという意味不明な回答」ということなのですが…。
柳美里さんのような芥川賞を受賞されたような著名な作家さんがこのような待遇を受けているなんて、衝撃的でした。
ジャンルは異なりますが、私も原稿執筆労働者の端くれとして、日々、原稿料の安さを感じずにはいられないのですが、これまでの4年間で未払いというところは、まだありません。幸いなことに。
というか、幸いなことではないんですよね。
柳美里さんも書いていらっしゃいますが、原稿料を支払うことは、当たり前のことです。
コンビニで物を買ってお金を払わない人がいたら、すぐに捕まるはず。
レストランでお金を払わないのも、そう。
それがどうして外注先に対してはそういう常識的な意識が働かないのか、不思議で仕方がありません。
そもそも、仕事の依頼に関する相談のご連絡をいただいたときに、こちらから報酬の話を持ち出さないと、自ら提示していただけることは、ほとんどありません。
相場がわからないということもあるでしょうし、こちらの提示次第ということもあるので、一概には間違っているということではありませんが、できれば先に想定金額を教えていただき、それでお受けするかしないかを決めたいというのが、本音ではあります。←単純に交渉のキッカケがないと不便だからです。
柳美里さんの未払い問題の話からはそれますが、なぜ原稿料がどんどん下がる一方なのかを考えたときに、もちろん雑誌が売れない&広告枠が売れないなどのメディア側の問題もあるとは思うのですが、ライター側のプロ意識の低さも大きな原因のひとつなような気がしています。
最近はネットで1本数百円なんていう労働搾取のような募集をザラに見ますが、そんな金額でもやる人がいるから、成り立っていんですよね。
そうした仕事を引き受けるプロアマと対抗するには、自身の原稿の価値を上げ、正当な対価を払ってでも、一緒に仕事がしたいと思ってもらうしかないんです。
恋愛と同じで、大事にされる人間になるために、自分磨きをするという発想に近いかもしれません。
身の程知らずだと思いつつも、仕事を受けるかどうかを決めるポイントとして、これまで私が大切にしてきたことは、「依頼主が野本纏花というライターを必要としてくださっているのかどうか」です。簡単に言えば、「誰でもいい仕事は受けない」ということですね。
「どこでどんな記事を見て、こういった文章を書ける人を探している」というご連絡をいただけたときには、たとえ報酬が期待以下であったとしても許容範囲であれば、喜んでお受けしています(苦笑)
やっぱりこれも恋愛と一緒で、誰でもいい仕事は、何かちょっとしたことをきっかけに、簡単に他の誰かのところへ行ってしまうと思うのです。…だって、誰でもいいんですから。
だから、プロのライターとして生きていくなら、仕事が減ることを恐れて過度にへりくだるのではなく、対価をいただけるだけの価値を提供する方に意識を向けるべきなんですよね。
…なんて偉そうなことを語っている私ですが、しょっちゅう『今月ヤバい!(←収入が少なくて)』という現実に直面しているので、私も所詮そんなもんです(^^;;
Madoka