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にゃんブログ

転勤族の妻です。

2014年入籍
2015年挙式
2016~2018年 毎年自然妊娠&3回流産→不育症
2018年~2019年 体外受精&着床前診断を経て妊娠
2020年出産

流産の内容が含まれているので、読みたくない方は、以下に進まないようお願い致します。





実は実は、この間まで妊娠しておりました。
もしや?と思ったのは年末。

発覚したのはお正月明けでした。雪

そろそろ子供が欲しいなぁーとぼんやり思ったのが12月頃だったので、
もういきなり、という感じで、喜びよりも驚きと不安の方が大きかったですびっくり

周りは子持ちが増える中、この年齢で不安ってどういうこと?と思いますよねはてなマーク

なんてったって、同級生の子供さんが「高校受験」してたりするんですから。(21歳で出産した子)

36歳、高齢出産ですから、出産するには遅いぐらいです。

ただ、私は救命センターで働いていたことがあります。
そこには正常妊娠をした妊婦さん、褥婦さんも来られます。
産婦人科ではなく、救命センターに。
ちょっと調べたらわかると思うので、詳細はここには書きませんが…。

私の同期は、それで出産に対して前向きになれないと言っていました。

小児科医の友人も既婚ですが、自然妊娠以外で産まないと言ってて、結局40代半ばで子供はいません。

現実を見て、リスクをとらないという選択ももちろんあります。
人口減少を考えると問題なのでしょうが…

出産時に母子が死亡する人数は、医療が進んだ現代社会でもゼロではありません。
それほど、妊娠出産のリスクは大きいのです。
そして、元気に生まれても、事故や色々と…考え出したらキリのないことが。

そんなこんなで、変に知識がある分、不安がとても大きくて。

知識があるのって、ある意味、不幸ですね。
そんなことを気にしない医療者もたくさんいるので、持ち前の性格なのでしょうけど。


1月半ば、心拍確認がされた検診で、医師から「胎嚢のサイズが小さいことが気になる」と言われました。

友人も同じことを言われたことがあるそうですが、その後、12週ぐらいで平均に追いついたので、さてこの子はどうなるかなぁ…と半々の気持ちで2週間様子をみました。

母子手帳も貰いに行けず(平日の休みは大雪で車を運転するリスクが高くて行けず)、
そのあとの検診直前にやっと入手できました。

しかし、2月初旬、心拍確認はできなくなっており、サイズもほんの少し大きくなっていただけでした。
(ちなみに症状は何もありませんでした)

エコー画像は、私が見ても「…残念だけど」という感じでした。

直後の感想としては、ショックよりも「やっぱり…」とか、
「先生、とても言いにくそうだな…」とか、そういうことで、実感が涌いたのは夜になってからでした。

医師が言うには、
「7割がほぼ染色体異常だから、自分を責めないように」
「今回は残念だけど」と。

それでも、ふと「なんでいなくなっちゃったのかな…」
「私がこんな中途半端な気持ちだったから、赤ちゃん引き返したのかな…」と、負のループでした。

その日は職場の人たちと食事に行く約束をしていたけど、キャンセルしました。

そのメンバーの3人中、2人が流産経験者。
優しく癒されるメッセージを送ってくれました。
なんだか、その優しさに泣けてしまい。

瞼が腫れるほど泣いて、翌日は半分しか目が開かず、頭痛も酷く、仕事をお休みしました。

周りにも流産経験者はとても多くて、
「自分だけじゃないんだな」とか、

「やはり経験している人にしかわからない感情があるんだな」とか、

「私は友達が流産したとき、どんな対応したんだろう、失礼はなかったかな」とか…。色々と考えました。

と同時に、人の優しさに泣けました。

友人の何人かに話していたので、反応はひとそれぞれで、
「手術せなあかんのや、大変やな!いつ大阪に帰ってくるの?また話そー」
という反応の人にはやや驚いたけど…(私も体調が整うまで、いつ帰れるかわからないよ…と)

でも、これまでの人生で少なからず、私も意図せず人を傷つけることはあっただろうし、
この友人は他のことで悩みがあったので、余裕がなかったんだなーと思えたし、
特に気が立つこともなかったのですが。

弱ったときこそ、人の優しさ、いろんなことがわかります。

その翌日は出勤したのですが、ある職員さんが
「やはり自分の体調が大事だよ。自分を守れるのは自分だから。それに可哀想だけど、お腹の赤ちゃんを早く出してあげて、次のためにも体調を整えることが優先だよ」
とアドバイスしてくれました。
(その人は、流産後に2人出産しています)

職場は病休の人がいたり、例の師長がなぜかしらイッパイイッパイで、てんやわんやしているのですが…

お言葉に甘えて、早めの再診、早めの手術にしていただきました。(自然と出てきてしまうこともあるようです)

手術について、詳細は他の方のブログや文献など、探せばたくさん書かれているので、ここでは割愛させてもらいます。

私も、自分が全身麻酔をかけられる立場になるのは初めてだったので(手術後の患者さんは何度も看てきたのに)、
たくさん検索していました。

とても助かりましたし、ブログで書いてくださっている人たちには感謝です。

体験しての感想としては、痛みや出血については個人差がある、とだけ記しておきます。

私は生理痛がほとんどなかったので、痛みの閾値が低いために、とても痛く感じました。
というか、普段の内診でクスコを挿入されるだけで痛いです。内診台の上の方にのぼっていってしまうので、よく「下におりてきて~」と言われます滝汗

だけど、私にも耐えられたので、大丈夫です。

手術後は、私のかかりつけ病院は、処置台→車椅子→2階へ移動→ベッド、というふうに、どうしても覚醒してしまう移動方法だったため、めちゃくちゃ痛かったです。

そしてリクライニング型の車椅子は、ベッドと違って少し頭部挙上してしまう作りなので、嘔気がひどかったです。ゲロー

麻酔でボーッとしながらも
「あー、頭部挙上したらあかんのに…早く頭下げさせてー」とか、

「点滴にプロスタグランジン入ってるなぁ…子宮が収縮する…腸管刺激が…直腸痛い…うんちしたい…痛みでワゴトニーが起こりそう…血圧下がるー…」と、お腹をさすりつつ、2時間ほど眠ったり覚醒したりしていました。

たいていの場合、全身麻酔が完全に切れるまで、2時間ほど覚醒しないようなので、その頃には腹痛のピークは過ぎております。

だから、術直後に意識レベル確認されますが、そのまま起きないことをおすすめします。
(再び寝るよう努力を)

変なとこ、冷静に観察してしまったせいで、ピークの痛みを体験し、のたうち回りましたし、独語がひどかったです。
こんな患者、嫌や…笑い泣き

夕方に、そのまま帰されるのかと思ったら、温かいうどんと緑茶を提供してもらい…ラーメン
めちゃ美味しかった。(朝から絶飲食でした)お茶


よく、「なんで私が…」とか、「私がこんなことになるなんて夢にも思わなかった」とか、「他の妊婦さんや赤ちゃんを見るのが辛い…」などの感想をお持ちになる方が多いと思いますし、

それが普通の反応だと思うのですが、

やはり、自分がそうなることは確率としてあります。

そして人生で1度も流産しなくても、育児の中で、また別の何か違う出来事に出合うかもしれないし、
こういう経験は他人と比べることではないから、
あまり暗くなりすぎないようにしています。

同じ兄弟でも、顔や体型や性格や得意なことが違うように、

今回の赤ちゃんは、体が弱くて、この世界に生まれてくることができなかった。

もちろん、詳しい検査をしていないため、不育症や母体側に問題があって、今回のことに繋がったのかもしれませんが、それは現時点ではわかりません。

でも、どの出来事も、必ず意味があるのです。
赤ちゃんからのメッセージを考える日々です。

これから子供ができない人生も、可能性としてはありますし、
それでもまた別の生きがいを見つけて、夫と生きていくのです。

子供がいたらいたでの悩みや喜び、
いなかったらいないでの悩みや生き方がある。

ただ、それでも全ての妊婦さんには安全に出産してほしいし、
子供を希望する人は子宝に恵まれてほしいし、
子供たちには幸せにすくすくと育ってもらいたい。

事故や事件は起こらないでほしい。
それだけは仕方ないことと思いたくない。

子供の写真しかアップしていないInstagramとかもありますが、
まー、それはその人の性質だなぁと思っています。

私も普通に生まれていたら、そうしていたかもしれない。

それこそ私の結婚式関連の記事自体、見て不快になる人だっている。(たぶん、ほとんどアメンバーにしていますが)

いろんな人間がいるから、この社会があるわけですしね。

またもや、まとまりのないこのブログですが…

良い友達や旦那、家族に助けられて、人の優しさが身にしみました。
医師も看護師さんも優しかったし。

そしてこの見知らぬ土地での妊娠だったけど、仕事していたからこそ、いい産婦人科を紹介してもらえたし、
遠くの親友だけでなく、近くの職場の人にすごく助けられたし、こんな早く心身ともに回復できたのは、周りの人のおかげだなーと感じました。

この土地で独りだったら、なかなか立ち直れなかったかも。

私も、もっと強く、人に優しくならなければ!と実感しました照れ
あけましておめでとうございます照れ

大晦日まで仕事して、その足で実家に帰りました。

仕事があったので、義実家の年末恒例行事の餅つき大会も参加せず、いや、できずニヤリ
(夫は先に大阪に帰って参加)、

年末は別居婚状態になりつつ、こちらは年の瀬は実家でゆっくりさせてもらいましたー門松

こういうとき、年末年始関係なく仕事があるのはありがたいです。



母が作った、しめ縄飾り?らしきもの。
ガムテで補強していますが…笑い泣き
玄関前に飾っていました。

突き抜けるような青空続きの大阪晴れ
窓から見ると「夏かな?」と思うぐらいの青空でしたね。

実家の前なので…電線ぐらいしか映ってませんが。
こんな鮮やかな空、北陸では冬に見れないので、心も晴れ晴れ。

あー、太平洋側はやっぱり住みやすいアップ

1~2日は夫が我が家に来てお泊まり。
2~3日は私が夫の家に行ってお泊まり。

実家同士が電車で1時間離れているので、しゃーなしで。(仕方なく)

でも、うちの母も言ってたけど、「1泊ぐらい一緒に過ごすことで、家族になったんやなって感じがする」とのこと。

毎回でなくていいので、盆と正月ぐらいはお泊まりしよーかな。

ただ、清潔レベルが気になる…
私はハウスダストアレルギーだし…←嫁あるあるですね。

ま、お互いの実家が遠くて、1泊どころじゃないぐらい、長期に義実家に帰省しないといけない人に比べたら、全然マシです。

今回は義父とゆっくり語らいました(もちろんお酒の力もあり)。グラサン

もちろんその場に夫もいましたが、眠そうな目をしていました。

途中、私がトイレに行っている間に、義父が夫に「本当に真面目で良い子と結婚できて良かったなー」と言ってたようで、

少し義父を見直しましたてへぺろ←エラソー

真面目な話が通じる相手って貴重ですね。

どうしても義親なんて、表面上の付き合いになりがちだし、それでもいいんだけど、
少しでも心の琴線に触れ合えると、絆ができますよね。

私は義妹みたいに、手料理を振舞ったり、手作りケーキを持参したりできないし(あの人はプロ級です)、
同じ土俵に立つ気はさらさらありません。

でも今回は、野菜切ったりお皿洗ったりという簡単なお手伝いや、
話すことでお互いに少し人柄を知れて、少しずつ慣れてきたかなーという感じです。

まー、まだ結婚して1年だし、ゆっくり慣れていこう。

近づき過ぎてもトラブル発生するし、
離れすぎてもわだかまりができるし、
いい距離感で付き合えたらなーと。

帰りに、デパートのセールで、夫にマフラーや手袋など買ってあげたら、喜んでいました。もちろん、家計費からですが。

でも、イイことした気分口笛