実は実は、この間まで妊娠しておりました。
もしや?と思ったのは年末。
発覚したのはお正月明けでした。
そろそろ子供が欲しいなぁーとぼんやり思ったのが12月頃だったので、
もういきなり、という感じで、喜びよりも驚きと不安の方が大きかったです
周りは子持ちが増える中、この年齢で不安ってどういうこと?と思いますよね
なんてったって、同級生の子供さんが「高校受験」してたりするんですから。(21歳で出産した子)
36歳、高齢出産ですから、出産するには遅いぐらいです。
ただ、私は救命センターで働いていたことがあります。
そこには正常妊娠をした妊婦さん、褥婦さんも来られます。
産婦人科ではなく、救命センターに。
ちょっと調べたらわかると思うので、詳細はここには書きませんが…。
私の同期は、それで出産に対して前向きになれないと言っていました。
小児科医の友人も既婚ですが、自然妊娠以外で産まないと言ってて、結局40代半ばで子供はいません。
現実を見て、リスクをとらないという選択ももちろんあります。
人口減少を考えると問題なのでしょうが…
出産時に母子が死亡する人数は、医療が進んだ現代社会でもゼロではありません。
それほど、妊娠出産のリスクは大きいのです。
そして、元気に生まれても、事故や色々と…考え出したらキリのないことが。
そんなこんなで、変に知識がある分、不安がとても大きくて。
知識があるのって、ある意味、不幸ですね。
そんなことを気にしない医療者もたくさんいるので、持ち前の性格なのでしょうけど。
1月半ば、心拍確認がされた検診で、医師から「胎嚢のサイズが小さいことが気になる」と言われました。
友人も同じことを言われたことがあるそうですが、その後、12週ぐらいで平均に追いついたので、さてこの子はどうなるかなぁ…と半々の気持ちで2週間様子をみました。
母子手帳も貰いに行けず(平日の休みは大雪で車を運転するリスクが高くて行けず)、
そのあとの検診直前にやっと入手できました。
しかし、2月初旬、心拍確認はできなくなっており、サイズもほんの少し大きくなっていただけでした。
(ちなみに症状は何もありませんでした)
エコー画像は、私が見ても「…残念だけど」という感じでした。
直後の感想としては、ショックよりも「やっぱり…」とか、
「先生、とても言いにくそうだな…」とか、そういうことで、実感が涌いたのは夜になってからでした。
医師が言うには、
「7割がほぼ染色体異常だから、自分を責めないように」
「今回は残念だけど」と。
それでも、ふと「なんでいなくなっちゃったのかな…」
「私がこんな中途半端な気持ちだったから、赤ちゃん引き返したのかな…」と、負のループでした。
その日は職場の人たちと食事に行く約束をしていたけど、キャンセルしました。
そのメンバーの3人中、2人が流産経験者。
優しく癒されるメッセージを送ってくれました。
なんだか、その優しさに泣けてしまい。
瞼が腫れるほど泣いて、翌日は半分しか目が開かず、頭痛も酷く、仕事をお休みしました。
周りにも流産経験者はとても多くて、
「自分だけじゃないんだな」とか、
「やはり経験している人にしかわからない感情があるんだな」とか、
「私は友達が流産したとき、どんな対応したんだろう、失礼はなかったかな」とか…。色々と考えました。
と同時に、人の優しさに泣けました。
友人の何人かに話していたので、反応はひとそれぞれで、
「手術せなあかんのや、大変やな!いつ大阪に帰ってくるの?また話そー」
という反応の人にはやや驚いたけど…(私も体調が整うまで、いつ帰れるかわからないよ…と)
でも、これまでの人生で少なからず、私も意図せず人を傷つけることはあっただろうし、
この友人は他のことで悩みがあったので、余裕がなかったんだなーと思えたし、
特に気が立つこともなかったのですが。
弱ったときこそ、人の優しさ、いろんなことがわかります。
その翌日は出勤したのですが、ある職員さんが
「やはり自分の体調が大事だよ。自分を守れるのは自分だから。それに可哀想だけど、お腹の赤ちゃんを早く出してあげて、次のためにも体調を整えることが優先だよ」
とアドバイスしてくれました。
(その人は、流産後に2人出産しています)
職場は病休の人がいたり、例の師長がなぜかしらイッパイイッパイで、てんやわんやしているのですが…
お言葉に甘えて、早めの再診、早めの手術にしていただきました。(自然と出てきてしまうこともあるようです)
手術について、詳細は他の方のブログや文献など、探せばたくさん書かれているので、ここでは割愛させてもらいます。
私も、自分が全身麻酔をかけられる立場になるのは初めてだったので(手術後の患者さんは何度も看てきたのに)、
たくさん検索していました。
とても助かりましたし、ブログで書いてくださっている人たちには感謝です。
体験しての感想としては、痛みや出血については個人差がある、とだけ記しておきます。
私は生理痛がほとんどなかったので、痛みの閾値が低いために、とても痛く感じました。
というか、普段の内診でクスコを挿入されるだけで痛いです。内診台の上の方にのぼっていってしまうので、よく「下におりてきて~」と言われます
だけど、私にも耐えられたので、大丈夫です。
手術後は、私のかかりつけ病院は、処置台→車椅子→2階へ移動→ベッド、というふうに、どうしても覚醒してしまう移動方法だったため、めちゃくちゃ痛かったです。
そしてリクライニング型の車椅子は、ベッドと違って少し頭部挙上してしまう作りなので、嘔気がひどかったです。
麻酔でボーッとしながらも
「あー、頭部挙上したらあかんのに…早く頭下げさせてー」とか、
「点滴にプロスタグランジン入ってるなぁ…子宮が収縮する…腸管刺激が…直腸痛い…
たいていの場合、全身麻酔が完全に切れるまで、2時間ほど覚醒しないようなので、その頃には腹痛のピークは過ぎております。
だから、術直後に意識レベル確認されますが、そのまま起きないことをおすすめします。
(再び寝るよう努力を)
変なとこ、冷静に観察してしまったせいで、ピークの痛みを体験し、のたうち回りましたし、独語がひどかったです。
こんな患者、嫌や…
夕方に、そのまま帰されるのかと思ったら、温かいうどんと緑茶を提供してもらい…
めちゃ美味しかった。(朝から絶飲食でした)
よく、「なんで私が…」とか、「私がこんなことになるなんて夢にも思わなかった」とか、「他の妊婦さんや赤ちゃんを見るのが辛い…」などの感想をお持ちになる方が多いと思いますし、
それが普通の反応だと思うのですが、
やはり、自分がそうなることは確率としてあります。
そして人生で1度も流産しなくても、育児の中で、また別の何か違う出来事に出合うかもしれないし、
こういう経験は他人と比べることではないから、
あまり暗くなりすぎないようにしています。
同じ兄弟でも、顔や体型や性格や得意なことが違うように、
今回の赤ちゃんは、体が弱くて、この世界に生まれてくることができなかった。
もちろん、詳しい検査をしていないため、不育症や母体側に問題があって、今回のことに繋がったのかもしれませんが、それは現時点ではわかりません。
でも、どの出来事も、必ず意味があるのです。
赤ちゃんからのメッセージを考える日々です。
これから子供ができない人生も、可能性としてはありますし、
それでもまた別の生きがいを見つけて、夫と生きていくのです。
子供がいたらいたでの悩みや喜び、
いなかったらいないでの悩みや生き方がある。
ただ、それでも全ての妊婦さんには安全に出産してほしいし、
子供を希望する人は子宝に恵まれてほしいし、
子供たちには幸せにすくすくと育ってもらいたい。
事故や事件は起こらないでほしい。
それだけは仕方ないことと思いたくない。
子供の写真しかアップしていないInstagramとかもありますが、
まー、それはその人の性質だなぁと思っています。
私も普通に生まれていたら、そうしていたかもしれない。
それこそ私の結婚式関連の記事自体、見て不快になる人だっている。(たぶん、ほとんどアメンバーにしていますが)
いろんな人間がいるから、この社会があるわけですしね。
またもや、まとまりのないこのブログですが…
良い友達や旦那、家族に助けられて、人の優しさが身にしみました。
医師も看護師さんも優しかったし。
そしてこの見知らぬ土地での妊娠だったけど、仕事していたからこそ、いい産婦人科を紹介してもらえたし、
遠くの親友だけでなく、近くの職場の人にすごく助けられたし、こんな早く心身ともに回復できたのは、周りの人のおかげだなーと感じました。
この土地で独りだったら、なかなか立ち直れなかったかも。
私も、もっと強く、人に優しくならなければ!と実感しました

