前回記事では大人げない内容で、お目汚し失礼しました

やはり…時代が変わっても、「長男」だの「嫁」だの…面倒くさいことが多いですね。
世間的には、
長男の嫁と次男の嫁は全然違うらしいですよー。

同じ「嫁」なのに…
世の中の、息子や甥のいる女性へ。
嫁には優しくしよう!
それが息子や甥のためですぞ…

結局の心のもっていきようとしては、
①やはり喪主が葬儀開始前に、出入口でいつまでも弔問客と会話していることの方が、マナーとしてなっていなかった。
開始前ギリギリまで…そっちのが変。
喪主というのは、故人の一番近くでデーンと構えて座るべき。(もちろん僧侶などのお出迎えは必要でしょうが…)
弔問客を黙礼でお迎えする。
でもこのあたり指摘すると、義父非難みたいになるので微妙ですがね。
地域によっては違うかもしれないし。
でもやっぱり孫嫁までお出迎えはいらんやろ…。
②叔母の言葉遣いのなってなさは、今に始まったことではない。
だからといって、このままでいようと思わない。
叔母にしろ、義両親にしろ、
会話するときは旦那を間に挟むこと。
旦那経由ってことではなく、
なるべくその場に旦那もいること。
適度な距離感は大事!
③
仕事は継続!転勤族なので、同じ組織でずっとやっていけない→私の人生で、まとまった退職金を期待するのは諦め~、ですが。(これまで転職のたびに貰ったし…)
やはり仕事をしていることで、話を聞いてくれたり、愚痴ったり、普段なら接点のない年代や人柄と知り合え、その人たちの思いを聞ける。
家なら悶々と考えてしまうことでも、仕事中はそこに意識がいかないから、とても精神的に良い。
また仕事柄、意味のない親戚の集まりに参加しない理由となる

患者さんに「ありがとー」って言われるだけで、癒されていきますねぇ。
疲れた心に染み渡る。
そしてこのおじいさん、おばあさんたちは、そういうしがらみの中で強く生きてきたのだなーと思うと…
素晴らしい、尊敬すべき先輩!と思いますね。みんな偉い…

仕事=社会勉強ですね。
③人と比べることじゃないけど…
もっと大変な人もいる。まー、出てくる出てくる。
こちらの地域柄、義両親と同居は当たり前。なんなら義祖父母もいる。
核家族であっても、旦那の家が数軒隣だったり、毎週末は旦那の家で夜ごはんが定例だったり。
また、男性側はそういう家庭で育っているため、そこに何の疑問もなく、嫁の苦労をわからないし、わかろうとしない。
旦那が親と仲良すぎて、嫁との喧嘩内容まで親に筒抜けとか…

ありえん。
とある職員さんは、子連れ再婚したのですが、義両親は歓迎してくれたものの、叔母が大反対。
結婚するなら旦那側の家の名字を名乗らないでと言われた。
そのため、養子になったわけでもないのに、嫁の名字を名乗っている。
なぜ既に嫁に行った叔母に従わないといけないのか…。
生きてると、どこかしらに落とし穴や爆弾があるなーと思います。
義両親と同居している人は、ほぼ口を揃えて「
一緒の墓に入りたくない!」と言います…

(うちの義母までも「直葬、散骨でお願い!」と言っていた…

)
私も、やはり大好きな自分の家族と同じところに入りたい

けど、仕方ないのですよねー、この日本の制度…
お葬式って、何年も会っていない親族がこぞって集まり、故人を偲びつつ、懐かしい会話に花が咲く…というスタイルで、なかなかいい光景ですが(家族に見守られて大往生、幸せな最期ですよね)、
これからの世の中は家族も少なくなるし、こういう光景も何年か後にはなくなるのかなーと。
昔よくあった隣組のお手伝いが少なくなり、葬儀屋さん中心のセレモニーとなっているし、何がいいのやら。
ともかく、モヤモヤして白黒ハッキリできないシーンはあるんだなーと思いましたね。
仕事なら、正しさなどを武器に戦えますが、家族のことなら勝ち負けで決められないこともあるし、関係性は確実に悪くなりますからね。
うまく人生を泳いでいく術を身につける。今後の課題ですねぇ。