2週間前に大阪に帰って、友達とギャースカ喋って飲んで、懐かしの御堂筋線に乗ったりお買い物してたら、すーっかりスッキリして、
私のストレスコーピングは
「友達と話す」
「友達の話を聞く」
「共感したりされたり」
「ショッピング(買わなくても)」
なんだなーと実感しました。
読書とか睡眠とか実家の犬を抱っこするとか、旦那氏とのハグなどもコーピングなんだけど、こういうコーピングリストが多い方がストレス社会には良いみたいですね。

旦那氏の友達や先輩、私の今の職場の人など、異動や昇進を機に鬱になる人が増えていますもの。
私も専業主婦時代はずーっと同じことを一日中ぐるぐる考えてて(考えようとしているわけではなく)
、
たとえば誰かの言葉の真意や結婚式の準備のことなど、なかなか思考が休まらず、切り替えもできず、今思えば暗かった気がします
。
目の前の出来事だけではなく、家に帰っても仕事のことや他のことを思考し続けることがストレスになるんですって。
まさに子無しの専業主婦なんて、目の前のことって大したことないから、色んなことに思考してたしてたー!
何事も切り替え大事。
そういう面からも、私は主婦だけでなく、仕事もしてないとダメなんだなーと思いました。
子供がおる人は除くよ。
仕事は仕事でストレスはありますが(早起きせなあかんし。朝に弱い。医療レベルの違いなども日々モヤモヤ)、でも行ったら行ったで誰かと話して気分が変わるので、必要だなぁと思います。
さて。
話はかわりますが、ここ2週間の出来事。
紫陽花の綺麗な季節ですね。

こちら、足羽山(あすわやま)というところの紫陽花ロードです。

道なりに紫陽花が咲き誇っています。


蔦がまく大木の神々しさ。

町を一望できます。
そのあとは居酒屋さんで。

お刺身盛り合わせ!
こちら1200円ほど。
新鮮で美味しいー!もはやこの新鮮さが当たり前になりつつあり、次の転勤で味覚は大丈夫か!?と不安になります

こちらは友達と北新地の馬春楼に行った時の写真。
久しぶりにええもん食べました。

最近のおやつ。
森八大名閣の伝兵衛。
こちらは越のルビーというトマトと、グレープフルーツがコラボしたジュレ。
なかなか美味しいのですが、これで700円ぐらいするらしい
ケチケチ大阪人にとってはお高い印象でした。
おもたせなどには良いですね!

こちらは三國屋善五郎さんの深蒸し緑茶。
水出しにすると甘みがあって、めっちゃ美味しい!
やはり夏は水出しですな。
このように、季節の小さな発見や、美味しいものを食べられること、夜はきちんと眠れること、なんとなく嫌だなーと思うストレスさえもが「生きている」ってことなんだなーと思う今日このごろです。
今は特養で働いているからか、そんなことを頻繁に考える機会に晒されます。
(いや、仕事と割りきって、全然考えない人もいるんだろうけどさ…。私は考えるタイプ)
今、接している利用者さんは70歳代~100歳代。
認知症や寝たきりだけど、ここまでに至る歴史があって。
それぞれのカルテを見て、思いを馳せてしまう。
「○○に生まれ尋常小学校卒業。○○で働き、○歳に結婚、○人子供がいる。○歳まで○○の仕事をしていた。○歳ころから認知症症状が出現、○という行動がみられる」など読んでいると、
自分の今までの人生、これからの人生、生きてきた時代や背景の違いなど、照らしあわせてしまう。
見れば見るほど、
本当に人生って一度きりなんだなーとか、
自分が認知症になったら、とか、
今の高齢者と私達世代って、精神力も環境も常識も文化も全然違うよなーってことを実感することが多いので、
「今のこの時」の貴重さをリアルに日々実感します。
昔なんて鬱になってられないほど大変な世の中で、戦争があれば夜も十分に眠れないし、食べ物もなくて、貧しい思いをしながら一生懸命働いて、それぞれの場所でそれぞれの役割を、望まなくても何となく与えられた宿命で生きて。
裕福な人は、それはそれでプライド高くて拘りがあって、アイデンティティになっていて。
私はどういう価値観で生きる?
何が一番自分にとって大切なの?
足りないものばかりじゃなく、ちゃんと自分の今ある幸せを感じられている?
などなど、先人の軌跡を見せてもらって考えてしまいます。
こんなことを言うと、周りにあんまり共感してもらえないけど

他人の考えとか行動とかに興味があるのかも。
私のストレスコーピングは
「友達と話す」
「友達の話を聞く」
「共感したりされたり」
「ショッピング(買わなくても)」
なんだなーと実感しました。
読書とか睡眠とか実家の犬を抱っこするとか、旦那氏とのハグなどもコーピングなんだけど、こういうコーピングリストが多い方がストレス社会には良いみたいですね。
旦那氏の友達や先輩、私の今の職場の人など、異動や昇進を機に鬱になる人が増えていますもの。
私も専業主婦時代はずーっと同じことを一日中ぐるぐる考えてて(考えようとしているわけではなく)
たとえば誰かの言葉の真意や結婚式の準備のことなど、なかなか思考が休まらず、切り替えもできず、今思えば暗かった気がします
目の前の出来事だけではなく、家に帰っても仕事のことや他のことを思考し続けることがストレスになるんですって。
まさに子無しの専業主婦なんて、目の前のことって大したことないから、色んなことに思考してたしてたー!
何事も切り替え大事。
そういう面からも、私は主婦だけでなく、仕事もしてないとダメなんだなーと思いました。
子供がおる人は除くよ。
仕事は仕事でストレスはありますが(早起きせなあかんし。朝に弱い。医療レベルの違いなども日々モヤモヤ)、でも行ったら行ったで誰かと話して気分が変わるので、必要だなぁと思います。
さて。
話はかわりますが、ここ2週間の出来事。
紫陽花の綺麗な季節ですね。

こちら、足羽山(あすわやま)というところの紫陽花ロードです。

道なりに紫陽花が咲き誇っています。


蔦がまく大木の神々しさ。

町を一望できます。
そのあとは居酒屋さんで。

お刺身盛り合わせ!
こちら1200円ほど。
新鮮で美味しいー!もはやこの新鮮さが当たり前になりつつあり、次の転勤で味覚は大丈夫か!?と不安になります

こちらは友達と北新地の馬春楼に行った時の写真。
久しぶりにええもん食べました。

最近のおやつ。
森八大名閣の伝兵衛。
こちらは越のルビーというトマトと、グレープフルーツがコラボしたジュレ。
なかなか美味しいのですが、これで700円ぐらいするらしい
ケチケチ大阪人にとってはお高い印象でした。
おもたせなどには良いですね!

こちらは三國屋善五郎さんの深蒸し緑茶。
水出しにすると甘みがあって、めっちゃ美味しい!
やはり夏は水出しですな。
このように、季節の小さな発見や、美味しいものを食べられること、夜はきちんと眠れること、なんとなく嫌だなーと思うストレスさえもが「生きている」ってことなんだなーと思う今日このごろです。
今は特養で働いているからか、そんなことを頻繁に考える機会に晒されます。
(いや、仕事と割りきって、全然考えない人もいるんだろうけどさ…。私は考えるタイプ)
今、接している利用者さんは70歳代~100歳代。
認知症や寝たきりだけど、ここまでに至る歴史があって。
それぞれのカルテを見て、思いを馳せてしまう。
「○○に生まれ尋常小学校卒業。○○で働き、○歳に結婚、○人子供がいる。○歳まで○○の仕事をしていた。○歳ころから認知症症状が出現、○という行動がみられる」など読んでいると、
自分の今までの人生、これからの人生、生きてきた時代や背景の違いなど、照らしあわせてしまう。
見れば見るほど、
本当に人生って一度きりなんだなーとか、
自分が認知症になったら、とか、
今の高齢者と私達世代って、精神力も環境も常識も文化も全然違うよなーってことを実感することが多いので、
「今のこの時」の貴重さをリアルに日々実感します。
昔なんて鬱になってられないほど大変な世の中で、戦争があれば夜も十分に眠れないし、食べ物もなくて、貧しい思いをしながら一生懸命働いて、それぞれの場所でそれぞれの役割を、望まなくても何となく与えられた宿命で生きて。
裕福な人は、それはそれでプライド高くて拘りがあって、アイデンティティになっていて。
私はどういう価値観で生きる?
何が一番自分にとって大切なの?
足りないものばかりじゃなく、ちゃんと自分の今ある幸せを感じられている?
などなど、先人の軌跡を見せてもらって考えてしまいます。
こんなことを言うと、周りにあんまり共感してもらえないけど
他人の考えとか行動とかに興味があるのかも。


