「……弱っている時は人恋しくなるとは言うが、お前も一丁前に寂しいとは思うんだな」
殺風景な部屋の中は、ガラス管の中で揺れる灯りだけが唯一の光源で、熱源でもあった。
夜はまだ冷えるが風邪を引くほどではない。タダ同然で借りられたその部屋は、普段は従業員の休憩室代わりに使われているらしく、寝具こそ交換されているものの調度品らしい調度品は殆ど見当たらなかった。
折りたたみ式のテーブルと椅子は、それこそ簡単な食事か若しくは読書の際にでも有効活用されていたのだろう。ベッドは狭く、彼女を寝かせた後は枕元に腰掛けるので精一杯だった。
「取り敢えずもう寝ろ」
時刻はまだそこまで深くはなかったがそれでも彼女を休ませる事に専念する。先程のテーブルの上には道中で買っていた果実水の瓶とパン、それから予備の魔導酒を置く。横目で見た彼女は琥珀色の瞳を細めていて、何とか眠気に耐えようとしているように見えた。
「……どこにも行かないよね?」
「もう夜だぞ」
「時間なんて、きみには関係ないじゃないか」
軽い引力に視線を落とせば、マントの端が弱々しく掴まれている。懸命に伸ばす細腕を掬い上げ、大人しくするようにと胸元へ戻してやれば、間髪入れずに手が持ち上がり指を握られた。埒が明かない行為は、まるで追い縋る迷い子のようだ。
「……少し出てくるだけだ」
「だめ」
存外強い力に引かれて思わず倒れ込みそうになる。彼女らしくない、けれども何処か彼女らしくもあるそれを咎める気にはならなかったのは――これが最後だと、覚悟しているからだ。
「一緒が、いい」
先程と同じ言葉で彼女が乞う。
同時に、宿の外では邪悪な魔の気配が、彼女を求めて汚泥のように広がり近付いてきている。
「じゃなきゃ、僕……」「スリープ」
限界だった。甘いソプラノがそれ以上を口にする前に、魔力で無理矢理に封をする。
叶えてやれない願いを最後まで聴けるほど、冷酷になりきれない自身に気付いていた。
「……すまない」
ゆっくりと閉じる瞼。その裏側で輝いているだろう琥珀玉に別れを告げ、俺は部屋を後にする。
言葉も想いも、未練も後悔も、もう必要なかった。
「――道連れを、赦せ」
無様を晒す俺に応、と声を上げたのは、手の中に召喚させた|闇の剣《相棒》だった。