つづきです
「すげー眠ってたな。
あんまり起きないから、死んでんじゃないかと思って、ちょっと焦ったわ笑」
「…スイマセン」
ぴょこんと跳ねた髪が朝日を浴びて、キラキラと光っている。見事についた寝癖を撫で付けながら、智は楽しそうにオレを見た。
「和也って、普段からそんなに爆睡すんの?」
「いや…」
テーブルに置かれたインスタントのコーヒー。
夜、少しでも眠れるようにとカフェインを避け、もうずっと…好きなコーヒーも飲まずにいたのだが。
ふわり、香ばしい香りが鼻をくすぐる。
オレは久しぶりに手を伸ばすと、口をつけズズッと啜った。
ふぅ…と一息つくと、オレは自分が長いこと不眠症で眠れていなかったことを淡々と話した。
智は マジで?とびっくりした様子だったが、すぐに納得したように頷く。
「あぁ。だから毎日公園で休んでたんだ。そりゃ眠れてないなら疲れるよな」
「……それは、まぁ。そうなんだけど…」
不眠による身体不調、倦怠感。意欲の低下。
確かにそれも間違いないのだろうが、本当の理由は別のところにあるような気がしていた。
仕事と向き合う為に必死で縋っていた…過去の恋愛は、突然迎えた終焉に気持ちの行き場を失った。
そして、自分に向けられた嘲笑は、心のバランスを崩すには充分過ぎたのだろう。
でも、そんな重たい話を 幾つも年下の高校生に話す気にはなれず、オレは言葉を濁した。
黙っていると、何かを思いついたように智が顔を上げる。
「なぁ…和也、しばらくここで生活してみたら?」
「は?何でよ」
「なんでか分からないけど、びっくりするくらい寝てたじゃん。ここだと普通に眠れるってことだろ?
それに、和也が朝起こしてくれるなら、おれも学校に遅刻しなくて済むし。一石二鳥?」
「……ぅ、ん…」
ここからなら、会社にもそう遠く無い。むしろ自分のアパートからよりも近いくらいだ。
一石二鳥どころか一石三鳥。
ただ、アパート代を払っているのは、智の親であって、オレはその居候。
社会人としてそれはどうよ、と 複雑な心境ではあったが、良質で確実な睡眠を得られるというのは悪い話ではなかった。
「じゃあ…何日か、だけお世話になります」
「うん。よろしくな、和也」
こうして…
オレはここで生活をすることになった。
つづく
miu