つづきです












「ここだよ」



智の住んでいるアパートは 公園から5分ほどの場所にあったが、急に降り出した雨がふたりの服を濡らすには充分な距離だった。



「お邪魔します…」


「これ、使って」



差し出されたのは、タオルとジャージの上下。

広げてよく見れば…

近くにある高校名と"大野"の文字が刺繍されていた。



「って、体育着じゃん」


「そっちは洗濯済みだから。

中学の時のジャージもあるけど、こっちは今朝までおれが着てたやつ。どっちが良い?」


「…こっちが良いです」



ジャージに着替え、濡れた髪をタオルでガシガシと拭く。

狭い部屋の中…

ベンチに座った時のように、ふたり並んで腰を下ろした。



「…髪…」


「髪?」


「前髪、長くてよく見えなかったけど。

和也の目って、綺麗なんだな」


「…そう?」



タオルで拭いたとは言え、まだ水分を含んでいる毛先は大きな束に分かれている。

その隙間から…伸びた髪で隠れていた瞳が見えたようだ。



「前髪、切れよ。勿体無い」


「面倒くさいのよ…」


「おれが切ってやろうか?」


「いや、結構です」


「そう?」



丁重にお断りすると、智は残念そうな顔をした。


長い指先が触れ

オレの前髪を横に流し、耳へと掛ける。



「んじゃ、こうしてろ」


「…なんで命令口調?」


「んふふ。ジャージの所為かな?

なんか、全然 年上に見えねぇんだよな」



失礼な。

そう言いかけたけど…

自分が童顔なのを思い出して、黙っておいた。



無言の室内に静寂が流れる。



換気のために少しだけ開いている窓。


その隙間で 静かに落ちている雫が

なんだか泣いているようで…


オレは目を逸らして俯いた。



「…寒い?」


「別に…」



ふわりと空気が動き

智の手がオレの頭に置かれた。


そのまま…ぽんぽんと撫でられる。



それが 柔らかくて


温かくて


心地…良くて



…大人をバカにするなよって

その手を振り解きたいのに、できない。


だって、もうずっと眠れずにいた オレの瞳が

開いていられないほどに重くなり


さっきまでは 悲しげに響いていた雨音さえ

優しい子守唄のようにオレを包み込む。



気づけば…


オレは、智の肩に寄り添うようにして

深い眠りに落ちていた。







つづく



miu